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第57話

 初めて逢った時から、どこか儚く笑う人だと思っていた。  誰の誘いも頑なに受けないと聞いたところで、印象が変わる事はなかった。凛とした強さをも持った人なのだと、むしろ美しさは際立った。  そのイメージは違うのかも知れないと気づくのは、仕事終わりに気まぐれに寄った書店での事だ。  それからその書店には何度も通うことになるのだが、見かける度に小説の棚の前にいた怜は、静かにそこに立っているだけなのに豊かな表情に梓には映った。  お高くとまった難攻不落のスタッフ──そう噂していたのは誰だったか疾うに忘れたが、そんなのきっと上辺から推測した的外れのもの、そう思わずにいられなかった。  その日もいつも通り寄った書店に見つけたその姿に、違和感を覚えたのはすぐだった。  青ざめた横顔に考えるより先に体が動いた。  今思えば、放っておけない、守りたいと思ったその瞬間にはもう色づき始めていたのかもしれない。梓の胸に溢れる怜への感情は。  儚く笑い、泣いて、胸が張り裂けるような絶望を宿す美しい人は、それらすべてを抱えてもなお優しさを持つ。  そんな怜を好きにならずにいられなかった。  朝になれば太陽が昇って、夜には月と星が寄り添うように、梓にとってごく自然な事だった。 「…………」 「梓くん?」  でも、だからこそ。  怜が相川梓のCDを聴いていると公園のベンチに並んで座ったあの日に気づいた時、それは自分だとすぐに言えなかった。  怜が酷く落ち込んでいた過去に救いになっていたと知った時、隠していようといっそう決意した。  何者でもない自身の事を見てほしいと願ってしまったからだ。  恋はもうしないと濡れた瞳で笑った怜に、それでも想われたいと我が儘にこの胸は鳴いてしまったから。 「また怜さんに秘密が増えそうで悩んでます」 「ここまで走ってきたこと?」 「はい。でも……言ったらきっと困らせる」  そうして持った公の秘密は、こうして巻き込んだ理由を話すなら紐解かなければならない。  ただ、その瞬間は怜に好きだと伝えた後にと決めていたのだ。  怜を悩ませたくない、けれど怜を失う可能性が少しでもあるのならまだその時ではないと心は怯む。  どうにも動けない。

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