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第61話
降り始めた雨はどんどん強さを増して、傘を持っていなかった怜は土砂降りの中を走っている。
今日の約束は、梓が手料理を振る舞ってくれる事になっていた。
怜の家に招くのはもう何度もあったが、梓の自宅を訪れるのは初めてだと言うのにこんな日に限って。
雨を大量に吸い込み重くなった服のせいで足がもつれそうになってしまう。それでもどうにか走りアパートが見えてきた。
一旦戻って、梓に遅くなると連絡を入れてシャワーを浴びてしまおう。
あと数十メートルだと足を速めようとした時、雨音を搔い潜り大きな声が怜に届く。
「怜さん!」
「え……梓くん!?」
傘を差した梓が自身のマンションの方から駆けてきた。
立ち止まった怜の元へ到着し、その傘を大きく差し出す。
「雨すごい降ってきたから気になって出てきたんですけど……めっちゃ濡れてるじゃないですか」
「あはは、傘持ってなくて降られちゃった……降水確率少なかったはずなんだけどな」
「怜さん……うちに来てください、着替えなら俺のあるんで」
「え、いやいや悪いよ! 一回戻ってシャワー浴びてくるから大丈夫!」
「駄目です、まだ雨降ってたらまた濡れちゃうし体冷えるんで。早くこっち」
「あっ」
どこか強引な梓は怜の手をとって自身のマンションへと怜を連れてゆく。
風邪をひいたらどうするんですかと怒ってすらみせるのに、雨から怜を守る梓自身の肩は濡れてしまっている。今夜怜と会う約束がなかったら少しも濡れずに済んだはずなのに、ちっとも厭わない様子だ。
怜のことばかり気に掛ける梓の優しさが苦しいほどに怜の胸を占める。
「お風呂こっちです。服は脱いだら洗濯機に入れてください、まわしときます。着替え後で置いとくんでそれ着て下さいね。シャンプーとか適当に使っていいんで、ゆっくりあったまって下さい」
「なにからなにまでごめんね?」
「俺がそうしたかったんだからいいんですよ」
「ん……ありがとう」
それじゃ、と去り際に、怜の額に貼りついた前髪を梓は微笑みながら払っていった。雨で冷えたはずの体は、確かに梓の触れたところだけ火照るような熱を持ってしまう。
「はぁ……」
梓の部屋がある階までエレベーターで上がり、すぐに風呂場へと誘導してくれた。清潔に保たれた室内には爽やかな香りが漂う。
梓の部屋にいるのだという事を、先ほどのノリとの会話もあって妙に意識してしまっている。
しかも初めての訪問で風呂を借りるだなんて。
お互いに他意はなくとも緊張してしまうのは無理もなかった。
邪念も一緒に流して、早く温まって出てしまおう。雨をたっぷり吸い込んだ服を脱いで怜はシャワーのコックを捻った。
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