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第62話

「梓くーん? 出ましたー」 「あ、お帰りなさい。ふは、袖余ってますね」  熱いシャワーを浴びて、リビングだろう扉を開いた。  他人の家を勝手に動き回るのは居心地が悪く、小さな声で出た事を報告すると、キッチンから梓が笑顔で顔を出した。 「そりゃそうだよ、梓くん大きいもん」 「ですね。怜さん可愛い」  梓が置いておいてくれた着替えは黒い上下のスウェットだった。下着は新品のものが用意されていて、申し訳なくもありながらその気遣いが嬉しい。  ただやはりサイズが合うわけもなく、指はほぼ出ていないし足先も出ないので腰の部分を折らせてもらった。  悔しいけれど梓はそのくらい長身で手足が長いのだ。 「っ、もう。可愛くありません」 「はは。あれ? 髪乾いてます?」 「あ、うん。ドライヤーお借りしました」 「俺が乾かしたかったのに……」 「へ……」 「今度は俺にやらせて下さいね。じゃあこっち、座ってて下さい」 「う、うん……?」  今度とは一体何だろう、今日みたいに雨に降られることがそう何回もあったら困るけれど。  からかいにムキになり、それを軽くあしらわれながらローテーブルの前、ラグの上に腰を下ろした。  するともう調理は終わっていたようで、梓がキッチンから食事を運んでくる。 「わぁ、ハンバーグだ」  プレートにはハンバーグ、デミグラスソースの香りが食欲をそそり、添えられたグリーンサラダが目にも鮮やかだ。マグに注がれたコーンスープはほかほかと湯気をあげていて、見ているだけでもあたたかな心地がする。 「初めて作ったんで美味しいか自信はないんですけど」 「え、初めて? ほんとに?」 「ほんとですよ、料理自体ほぼしたことなくて」  まさか初心者が作っただなんて、誰が想像するだろう。お腹が音を鳴らして早く食べたいと訴えてしまいそうなくらいに見事なものだ。 「そうなんだ。梓くん本当に凄い……器用なんだね」 「っ、そうなんですかね」 「……? 梓くん?」 「いえ、何でもないです。じゃあ食べましょうか」

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