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第65話
「どうでしたか?」
「どう、って?」
「感想、どんな感じか聞いてみたいなぁって」
「感想……」
「怜さんは相山梓のどんなところが好きなんですか?」
「それは……」
その質問はともすれば、よく知らない誰かに問われたら冷やかしとも取れるものかもしれない。
けれど相手は梓で、そんな事があるはずもない。
真摯な梓の瞳に怜は同じように真剣に返さなければと背筋を伸ばす。
漂う空気はどこか息を飲むようなもので不思議な心地もするけれど、今はそれに構うところじゃないと二人で過ごしてきた時間たちが怜に言う。
「好きになったきっかけは前に言ったと思うんだけど、何だろう、すっと入って来るんだよね。傷だらけだったところに染み込んで優しく包んでくれると言うか」
「…………」
「はは、ちょっと言い方がクサかったかな」
「そんな事ないです、それで?」
「それで、えっと……」
塞ぎ込んでばっかりだった怜が初めて相山梓を知って暫くした頃、ノリに『最近アニキが少し元気になった』と安心した顔を見せられた事があった。
その時に実は……と今みたいに話したのを思い出す。それでもどこが好きだとか、そこまで誰かに伝えるのは初めてだ。
少し覚える緊張に照れくささと、それから知ってもらえる喜びが確かに入り混じる。
聞いてくれるのが梓だからきっと余計に。
「声が、好き。顔もどんな人かも何も知らないというか、敢えて見ないようにしてるんだけど、優しい人なんだろうなって思えちゃうくらい。それから、お芝居がすごく上手なんだと思う。僕は相山さんしか知らないから比べたりは出来ないんだけど、本当に凄くて、それで……──」
怜が知った時に既に発売されていた相山梓のシチュエーションCDは一枚。
それから昨日購入したものを入れて合計四枚。
多いのか少ないのかも分からないけれど、それらはまるで違ったキャラクターで、これは本当に全てが相山梓の声なのかと面食らったこともある。
それほど彩り豊かな声色で紡がれる世界は、しっかりと命がそこにあるのだ。
そうやってたどたどしくも相山梓の事を怜が言葉にする間、梓は一瞬たりとも怜から目を逸らさなかった。
時折細められる瞳、そっと引き込まれる下唇。
ささやかな梓の表情の変化から怜も目が離せないでいると、久しぶりに梓が口を開く。
「器用な人、なんですかね」
「器用?」
「いろんなキャラクターをこなせるんでしょ? そうなのかなって」
「うーん……器用と言うか、真摯に向き合ってるんだろうなって僕は思うよ」
「……真摯?」
「うん、キャラクターは確かに作られたものかも知れないけど、相山さんがちゃんとひとりひとりを生きてる感じ」
そうだ、真摯という言葉がよく似合う。
梓が覗かせる瞳のようにひとつひとつのストーリーが聴き手の心に入って来てしっくりと馴染む。
だから好きなのだ。
「本当に凄いんだよ。僕が特にお気に入りなのはひとつ前の落ち着いた大学生役のものなんだけど、昨日買ったのは高校生のちょっとやんちゃな子で。ちょっとだけ、本当にちょっとだよ? 好きなタイプではないかもなんて思ってたんだけど……ふふ、聴いてみたらやっぱり好きだった。それで、って、わっ!」
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