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第66話

 相山梓のいいところを再確認した怜は饒舌になった。  綻ぶ顔を自覚したその時、腕を引かれた衝撃に一瞬何が起こったのか分からず怜の口も体もぴたりと固まる。  一体何が……困惑した頭のすぐそばで聞こえる梓の呼吸に、抱きしめられているのだとやっと理解する。 「ちょ、あ、梓くん? どうし、」 「怜さん、怜さん……」 「っ、梓くん?」  まるでうわ言のように怜の名前をくり返し呼びながら、縋るみたいな腕にきゅっと力が込められる。  なんで、どうして……ちっとも分からず、けれど振りほどく事も出来ない、したくないのだ。 「梓くんどうしたの?」 「……こうしたらダメですか?」 「ダメ、というか……」 「じゃあイヤ?」 「イヤ、でもないけど、その……」  数時間前、職場のロッカールームでノリと交わした会話を思い返す。こんなこと、普通恋人同士がすることだ。  梓と怜、友達であるはずの自分達がすることじゃない。  梓の背にあとほんの少しで触れそうだった手を怜は握りこむ。  ちゃんと言わなければいけないのだ、どんなに自分がこの体温を手放したくなくても。 「僕達がこういう事するのは変かな、とは思うよ」 「変?」 「だって、恋人がすること、でしょ? 友達はしないんじゃないかな」 「っ、俺は!」 「あ……」  弾かれるように体を離した梓は怜の両肩を掴んでその顔を見せた。  どうしてそんな顔をするんだろう──怜は胸が苦しくなってしまう。  梓が今にも泣きそうな顔をしているから。 「俺は、俺は怜さんが……」 「梓くん? あ、あの、近いよ?」 「怜さんと、キスだってしたいと思ってるよ」 「へ……はは、そんな、冗談、だよね?」 「冗談なんかじゃない。ねえ怜さん、ダメ?」  怜の頬を包むように手を添えて、じりじりと距離を詰められる。  堪らず怜も後ずさりするけれど、二人掛けのソファではすぐに肘置きにぶつかってしまった。  小首を傾げられたって、こんなの頷くわけにいかない。だけど首を振れもしないのだから怜は参った。  こんな瞬間に諦めるみたいに自覚して、認めるしかないくらい膨らんだ想いに漸く降参する。  梓が好きだ。

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