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第67話
「怜さん」
「梓くん、やめよ? ね?」
僅か数センチを空けてすぐそこに梓の顔がある。
梓の体温に炙られるみたいに、一秒毎にふつふつと体が熱くなる。
だって駄目だ、好きだからこそ駄目だ。戯れなキスを受け入れたらきっと、いや絶対、辛くなるだけだから。
体を反らす様にして、怜は梓と自分の触れてしまいそうな唇の間に手のひらを翳す。
すると梓はムッとした顔を覗かせたかと思うと、あろうことか怜の手のひらに唇を押し当てた。
「あっ、な、な……」
「怜さん、手、どいて?」
「だ、だめ」
「俺の事きらい?」
「ふぁっ、あ、あずさく……」
啄むような手のひらへのキスが止まない。艶やかな瞳が怜を射抜いて、ねだる呼吸が肌をなぞり上げる。
心臓が痛いくらいに逸る鼓動は体を痺れさせ、突き放すことも叶わない。
怜の手首に梓が触れて、心許ないこの砦を取り去ろうとしているというのに。
「ね、きらい?」
「きらいなわけ、ない」
梓の両手についに手首が握りこまれる。
力ずくならまだよかった、強引なようで優しい力加減が怜の頭を混乱させるのだ。
逃げるなら今だと言われているようで、だけどここから抜け出せない。自分の意志で受け入れているように思わせられる。
駄目なのに、だめなのに……こつりと合わさった額から染みこむ熱に浮かされてしまいそうだ。
「じゃあ、いい?」
「だめ、あずさくん、だめだよ」
「本当に? 俺のせいにしていいです、それでもだめ?」
「っ、そんな……だ、だめ……」
「怜さん……震えてる。俺の事こわい?」
「こわくないよ、こわくない。でも……」
怖い、だけどそれは歯止めが利かなくなるだろう自分の心で、また傷つく事だ。梓のことが怖いなら、そもそもこんな風に一緒にいるわけがない。
「怜さんとキスしたい。嫌だったらまた遮って。そしたら諦める」
「あ……」
掴まれていた手が解放され、またそこに口づけて最後の決定権を梓は怜に委ねる。そんなのずるい。
恋人じゃなくたって、傷つくと分かり切っていたって、本当はどうしたいのかと自分に問えば浅ましい欲が素直に“したい”と言うのだ。
梓の好きなようにされてしまいたい、切り裂かれるような痛みを抱えていく事になったって。
「怜さん……このままだとしちゃうよ? いいの?」
「っ、」
触れるか触れないかの数ミリのすき間、今度は耳へと唇を添えて梓は囁く。大きな手が怜の髪をくしゃりと撫でそのまま頬へと一瞬唇が触れた。
「怜さんかわいい」
「か、かわいくない」
「可愛いよ。俺の服着て、一生懸命話してくれて、真っ赤な頬してる。凄くかわいい」
「やっ」
注がれる言葉が耐えられないほど恥ずかしい。思わず顔を背けると、また頬にキスが落ちてくる。
「怜さん、本当にしちゃいますよ? どうして逃げないの?」
「っ、だって……! あ、梓くん、の……」
「…………?」
梓の事が好きだからだと言えたらどんなに良いだろう。
けれど言えるはずがなかった。
きっと梓はそんなんじゃない、言ったら離れてしまうかもしれないとやっぱり恐怖が襲うから。
「い、いやじゃない、から、だよ」
「怜さん……っ!」
息を飲んだ梓が俯いた怜を掬い上げるように早急に唇を押し当てた。
恋が弾けて、甘酸っぱく軋む胸が怜を責め立てる。
すぐに離れた唇に互いの息が当たって目眩がしそうだ。
食むようなキスをしながら角度を変え、頬と髪を撫でられ、錯覚してしまいそうになる。
梓とキスをしている、梓がキスをして撫でてくれている。好かれているのだと思い込みたくなる。
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