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第68話
「あずさ、く……んっ、ん、はぁっ」
このままソファが崩れて、底の見えないどこかへと落ちていってしまいそうだ。
思わず梓の背にしがみつくと、息を荒げた梓の指がふやけた唇をつ、と辿る。
「怜さん、口開けて? 舌、入れたい」
「あ、あっ」
「ん、上手です」
促されるままおずおずと口を開くと、瞳を眇めた梓にまた捉えられる。
梓の濡れた舌先がもぐりこみ、粘膜を擦り合わせる行為に二人して夢中になった。
ぬるついた舌が絡んで、尖らせた先で擽られ、今度は引きずり出されて梓の口内で吸われてしまう。
朦朧とした意識に視界が潤み、このまま溶けてしまいそうだと夢の様な事を思った時。
キスを止めた梓が今度は耳に口づける。
「怜さん、ここ、平気?」
「ん……ここ? って?」
「ここです。ほら」
「っ、へ……あ、やっ……み、見ないで」
「キス、気持ちよかった?」
「あ……っ」
甘ったるく囁く声が何を指すのかすぐには分からなかった。
けれど人差し指で足の付け根をトントンとノックされ、誘導された視線で気づく。
いつの間にかそこは張り詰めている、キスだけで勃ってしまったのだ。
添えられた指先に今度はゆるく掻かれ、浅ましく腰が揺れてしまう。
梓が貸してくれた下着を濡らして、梓の服を押し上げている光景があまりにショックで涙がぼろりと零れる。
こんなところ、見られたくはなかった。
「っ、怜さん? 大丈、」
「や……ぐすっ、もう、帰る」
「え? ちょ、怜さん待って!」
「や、だめだよ梓くん、触らないで」
「っ、怜さん……」
よろよろと立ち上がる怜に梓が手を伸ばす。
引き止めようとしたのか、それとも支えようとしてくれたのか。どちらであっても梓の手を怜は拒んだ。
触られたくない、触らせられない。はしたない体に梓みたいな美しい人が触れたらいけない。
夢は簡単に醒める。冷や水を浴びたように火照る熱は一気に引いてゆく。
思いの外低く響いてしまった自身の声を取り繕う余裕もなく、怜はぐしゃぐしゃになった顔を隠すように前髪を握りこんだ。
「じゃあね、えっと、今日はご飯ご馳走様でした。この服は洗って返すね」
「怜さん、俺……」
「大丈夫だよ、大丈夫。勘違いなんてしないから安心して?」
「へ……ち、違っ!」
「梓くんと僕は友達、だから」
「怜さん……」
バッグを掴み、まるで泣きだしそうな梓を見ていられなくて踵を返す。
そんな顔させてごめんね、そう伝えたいのに喉がつかえて言えそうにない。鼻を啜り、玄関へと向かう。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
一緒に梓の料理を食べて、コーヒーを飲んで、相山梓の話をして……楽しかったはずの思い出が過ちで塗り替えられる。
自分のせいだ、全て。
ちゃんと駄目だと制すことが出来ず、欲しがってしまった自分のせい。
「ごめんね、ごめん」
入った時は碌に見ることも出来なかった廊下に怜の声が溶ける。
梓にすら届かず床に落ちた言の葉が、割れれば二度と元に戻らないガラスのように砕け散った。
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