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第69話
「おーい梓くん。こっちこっちー」
「ノリくんごめん、お待たせ」
「全然大丈夫」
夕飯時のファミリーレストランは、金曜日なのも相まってかほぼ満席だ。
暦の上では夏も終わったと言うのにまだまだ暑い日々が続いていて、店内はエアコンが程よく効いている。
ノリの手元の随分汗が滴るグラスに、呼んだのは自分なのに悪いことをしたなと梓は思う。
ノリはステーキのプレートと大盛のごはん、梓はチキンサラダのプレートを注文した。それだけで足りるのかとノリは驚く。
「食欲あんまりなくてさ」
「梓くん、ちゃんと食べなきゃダメっすよ」
「うん、そうなんだけどね」
マスクを外しながら梓が言うと、じっと顔を見つめたノリは心配そうに眉を下げる。
分かってはいるのだけれどあまり腹が空かないのだから仕方なかった。多忙を極めたこの酷暑の夏をよく乗り切れたものだと自分でも思っている。
「倒れはしてないみたいだけど、梓くん元気ないっしょ」
「んー、そう見える?」
「見える見える。何なら理由もバレバレ。それで今日俺のこと呼んだんでしょ?」
「はは、うん。ノリくんには何でもお見通しだね」
「アニキもさ、そんな感じ。本人は元気だって言うけど、梓くんと同じ顔してる」
「…………」
「あ、ステーキこっちっす」
店員が運んできた食事を手を上げて促し、ノリは礼を言いながらぺこりと頭を下げる。
梓の前にもプレートが置かれ、ノリがテキパキとフォークを渡してくれる。
同い年なはずなのに、まるで兄のようだ。
「ほら梓くん、とりあえず食べよ? 話いっぱい聞くからさ、腹が空いてはおしゃべり出来ぬって言うっしょ」
「ふは、初めて聞いた」
時折仕事の話なんかをしながら、ノリの提案通りまずは食事をした。
梓の近況はと言えば、春に受けたオーディションに受かり、それ関係のアフレコや取材などで忙しい毎日を送っている。
ノリのスタジオでのレコーディングもこの夏に一度あったが、怜は休みだったのだろう、姿を見るだけでもと思っていたがそれすら叶わなかった。
ドリンクバーでそれぞれのグラスを満たし、じゃあ本題だねとノリが姿勢を正す。
それに慌てて梓も背筋を伸ばすと、冗談だよとノリはカラカラと笑った。
気持ちをほぐそうとしてくれているのがよく分かる、ノリは根っから優しく、そして面倒見のいい性格なのだろう。
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