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第71話

「梓くん、俺泣きそう」 「え? ごめん、重かったよね」 「うーん、そうじゃなくて……俺からしてみればどっちも悪くないと言うか、どっちも悪いと言うか」 「怜さんは悪くないよ」 「あは、梓くんのそんな怖い顔初めて見たかも」  グラス半分になっていたメロンソーダをノリはぐいっと一気飲みする。残った氷をカラカラと躍らせ、頬杖をついたノリが小さく笑った。  ノリみたいな人が怜のそばにいた事を思わず感謝してしまうような、そんな優しい笑みだった。 「アニキに昔何があったかは梓くんも知ってるんでしょ?」 「うん、聞いた」 「それだよ。梓くんに話したって事が、俺からしたらもう大きな一歩に思えるんだよね。いや違うな、アニキが梓くんにご飯誘われて悩んでる時点でこれは……って思ったんだった。いやー俺、やっぱり名探偵」 「ごめん名探偵、俺にも分かるようにお願いします」  困ったように梓が笑えば、ノリも今度は同じように笑う。  どこか遠くに目をやる仕草に梓は静かに耳を傾ける。 「アニキ、春からずっと落ち込んでる。仕事はきっちりやるし、俺達スタッフにも変わらず接するんだけど、ふとした時に泣きそうな顔してた。梓くんと会わないって自分で選んだって割には、この世の終わりみたいな。あの頃の、あの野郎に裏切られた時以上にすら見えてさ」 「…………」 「でも何聞いても大丈夫としか言わなくて教えてくれなかった。ただ、俺は梓くんと何かあったんだろうとは思ったんだよね。アニキがそんな落ち込むの、あの野郎のせいなら相談してくれたと思うし、そうじゃないなら梓くん以外想像つかなかったし」 「そう、なんだ?」 「うん。アニキはそれまでずっと梓くんとの楽しかった話してくれてたのに、しなくなったから」 「…………」 「ねぇ梓くん」  梓の名を呼び、ノリはまた姿勢を正す。今度はもうその仕草をノリは茶化しはしなかった。 「俺には二人の気持ちがよく見えます、名探偵なので。でも俺が勝手に言って良い事ばかりじゃないから、ヒントね」 「うん」 「アニキの会わない方がいいって言葉は本音だと思うけど、会いたくないわけじゃない。むしろすげー会いたいくせに、そうしなきゃいけないって思ってる」 「そうしなきゃいけない?」 「うん。アニキが梓くんという人を信用してるのは明白だよ。じゃなきゃそもそも最初のご飯行ってないし、家に入れるのも以ての外だし。梓くんの存在はアニキにとってすごく大きかった、現に凄く自然に笑うようになってたし」 「そっか……それは良かった、かな」 「うん、でも……梓くんや俺、加奈とか、そういう信用してる相手はいても、誰かに好かれる人間じゃないってアニキは思いこんでる。そんな風に傷つけられたから。呪いのようなもんだよね、それに縛られてて、これ以上傷つかないように、って自己防衛みたいな?」  怜の言葉で聞いた怜の傷は、梓の中にも色濃く残っている。梓でさえそうなのだから、当の本人の怜の痛みは計り知れない。変われそうだと笑った日があったとしても。

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