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第74話
「明日って何か用事ありますか?」
「ううん、ないけど……」
「これ、チケットなんです。怜さん、ここに来てくれませんか?」
「チケット……開けてもいい?」
梓が頷くと、怜は恐る恐るという様子で封筒のフラップを開いた。横長のチケットを取り出し、怜は首を傾げながら読み上げる。
「先行上映会? アニメ?」
「そうです。来月から始まるアニメの一話を皆で観る、ってやつなんですけど」
「そうなんだ。でも、どうして?」
怜の疑問はもっともで、梓は曖昧に笑うしか出来ない。
喉がからからに乾いて貼り付く感覚を、どうにか息を飲んで追いやる。
「メインキャストの声優さんたちが登壇するんですけど、そこに……相山梓が出ます」
「っ、へ?」
「怜さんが相山梓の顔とか見ないようにしてるって分かってます。だからこれは滅茶苦茶ワガママなんだって事も分かってます。でも、どうしても来てほしいんです、お願いします」
「あ、梓くんやめて、頭上げて? ね?」
祈るように下げた頭を、怜に乞われようと梓は容易く上げるわけにはいかなかった。
「俺は怜さんにいっぱい秘密を作ってきました。その秘密は好きだって言ったら伝えるつもりでした」
「…………」
「全部ちゃんと、伝えたいから。それで振られてもいいんです。はは、ほんとはすごく寂しいですけど……怜さんに誠実でいたいから。……好きだって言わずにキスしたりして、それで誠実なんて今更ですけど。でも、お願いします。来てくれませんか?」
そろそろと顔を上げると、怜の困惑した顔があった。
梓自身へ何を言っていいかもだが、きっと相山梓の事が絡んでいるから余計にすぐには返事が出来ないのだろう。
それは梓も予想していた事で、行くという言葉を聞き届けたいのをどうにか堪える。
「怜さん、好き。好きです」
「っ……」
「いっぱい傷つけたけど、これだけは信じてほしいです。好き」
淡く震える唇に伸びそうになった手をぐっと握りこみ、最後にもう一度好きだと呟く。
一度伝えてしまえば今まで言わずにいられたのが不思議なくらいだ。そのくらい、梓の胸は怜への想いで溢れている。
「じゃあ帰りますね。明日、向こうで待ってます」
優しい怜に付け込むような、卑怯な言葉選びだと梓は思う。
そうしてでも、見届けてほしかった。怜の存在が強くさせた心で掴んだものを。
「おやすみなさい」
「っ、ん……おやすみ」
名残惜しさを振り切って梓は怜の部屋を出る。
真っ暗だった空は雲が晴れ始めていて、すき間から三日月の細い光が見える。
希望の色をしていたとこの光景の事も笑える未来があるといい。
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