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第75話

 土曜日の夕刻、駅から歩いて来た怜の目には賑やかに浮つく街が映る。  会場の周辺は至る所で女の子たちの煌めく笑顔と声が広がっている。  まともに眠れなかった夜を引きずり梓が灯した熱っぽい頭と体の自分には、似つかわしくないほど眩いなと怜はぼんやり思う。 「はぁ……」  何度も反芻した昨夜の梓の姿や言葉、注がれた視線をまた思い返す。  思いもよらなかったものばかりで、何にいちばん驚いて、何に心を震わせて、何を想ってここに立っていればいいのか今もよく分からない。  けれど不思議な事に、来ないという選択肢だけはなかった。  梓の秘密、このチケットが示すもの、それが何だとしたって受け止めたい、ただそれだけだった。  ところで梓はどこだろう。来てほしい、と言ったのだから梓も一緒に観るのだろうと思っていたが、アパートを出る時に送ったメッセージを読んだ様子はないし辺りにも見当たらない。  まさか……と昨夜浮かんですぐに打ち消した可能性がまた怜の胸を掠める。  客席ではなくステージの上に梓はいるのかもしれない、なんて。 「はは、まさか」  やっぱりそんなわけがないだろうと小さく自分を笑い飛ばし、怜はオレンジが滲み始めた空を仰ぐ。  大きく息を吸って、暫く留めて細く吐き出す。  何があっても受け止めるつもりでいても、足が竦むのもまた事実だった。 「あ、アニキ見っけ」 「へ……え、ノリくん!? え、どうしたの?」  目を瞑っていた怜に聞き慣れた声が届く。慌ててそちらを振り返るとノリの姿があった。  たまたま近くを通って自分に気づいたのだろうか。 「アニキとおなじです、ここに来ました。ほら」 「あ……」  けれどノリはそう言って、怜が梓から受け取ったものと同じ封筒を取り出した。  ひらひらと振ってみせ、歯を見せながら肩を上げ少年のように笑う。 「アニキ、もしかしたら来ないかもと思ってたんですけど早かったですね。いなかったら迎えにいこうと思って俺も早めに来たんすけど、俺の方が遅かったみたいっす」 「え、っと? もしかしてノリくんも梓くんから?」 「っす」 「そうなんだ。梓くんはまだみたいだよ」  きょろきょろと辺りを見渡しながら怜がそう言うと、ノリが手招き背を屈める。  潜められた声が静かに、また怜にあり得るはずのないと打ち消した予感を運んでくる。 「梓くんはここには来ないっすよ」 「……そう、なの?」 「っす。でもちゃんと来ます」 「っ、何言ってるか分かんないよ」 「はは、そうっすよね。でも大丈夫っすよ、梓くんはアニキのことちゃんと考えてるから。俺がここに来たのも、アニキがひとりじゃ心細いかもしれないからって頼まれたっす」 「……ノリくんはなにか知ってるの?」 「んー、そうかも知んないっすね」 「…………」  不安を覚え、シャツの胸元を怜は握りこむ。  ノリと二人で立ち尽くしていると、いつの間にか開演一時間前になったようで開場を始めるとのスタッフの声が届く。

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