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第76話

「並びましょっか」 「……ん」 「アニキ~緊張してる?」 「そりゃ、するよ」  強張った体を見抜いたのか、ノリがおどけた口調で怜の顔を覗く。  どこか子ども扱いのようで釈然としないのに、確かに心がほどける感覚も怜にはある。 「にひ、そりゃそっすよね。ちなみに~、どっちに?」 「どっち? って?」 「見ないようにしてた相山梓をついに見ちゃうこと? それとも、梓くんのこと?」  ノリが柔らかな笑顔でする問いかけに、怜はついきょとんと間抜けな顔をしてしまった。  あぁ、そうだ。ノリの言う通り今の怜にとって揺らぐ心はひとつではない。けれど── 「相山さんの事もドキドキしてるよ、ずっと好きだったし、わざと声以外の情報は断ってたから。でも……今は正直、梓くんのことで頭がいっぱい」  昨夜だってそうだった。  相山梓が登壇するのだと梓に言われ面食らったが、それでも怜の頭の中は久しぶりに顔を合わせた梓の事ばかりだった。  怜が好きだと言った梓のくしゃりと寄った眉と濡れた声色が、張り裂けそうなくらいに今も怜を占めている。 「あは、そっか。じゃあ行こうアニキ。これは梓くんの覚悟っすよ」 「覚悟?」 「そうっす、ほらほら!」 「わ、分かったから!」  覚悟という言葉の意味を理解できないままの怜を、早くと急かしノリが腕を引く。  仕事の合間もずっと塞ぎ込んでばかりだったここ数カ月の自分を怜は思い出す。  きっとノリに沢山心配をさせてしまった。年上なのに助けられてばかりで情けなくて、けれどごめんねなんて言ったら優しいノリはむくれてしまうから。  最後列に並んでひと息つき、怜はノリを振り返る。 「いつもありがとう、ノリくん」 「ん? 俺は何にも。でもアニキがどうしてもお礼がしたいって言うんなら、また鍋しましょ!」 「うん、いいね」 「今度は梓くんも入れて四人で、が希望っす」 「……ん、僕もそうだといいな」  そんな未来が、出来ればすぐそこにあるといい。  この強張った心がどう動くか、それが分からなくて恐ろしいけれど。  梓が見せるものを受け取る自分に大きな覚悟が持てるよう。少しずつ進む列に心音を押し上げられながら怜はそっと息を飲む。

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