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ネットアイドル「id」3
講義では理玖と一樹は隣同士で並んで座り、大きな板書をノートに写しながら、眠くなる目をパチパチと動かす。微睡 んでいたところで理玖はポケットに仕舞っていたスマートフォンが振動して覚醒する。
ずっと続く振動から通話着信だと理解した。
(こんな時間に電話? 誰? 姉貴か?)
SNSとメッセージアプリでのやり取りが主になっている理玖に電話をかけてくるのは姉くらいなものだった。そして内容は大抵面倒な頼み事、だがこの時間、姉は仕事に出ているはずなのであり得ない。
(あとで確認するか……)
隣であくびをする一樹を横目に理玖は板書に目を向けた。
長く退屈な講義が終わり理玖と一樹は背伸びをした。一樹は大きなあくびをし、理玖に話しかける。
「あーあ、あの教授マジで眠くなる声だよねなぁ、な?」
「まぁな」
理玖はスマートフォンをいじりながら素っ気なく返してきたので一樹はムッとしたが、突然理玖が立ち上がると思わず後ろに身を引いて驚いた。
「お、おぉ……⁉ ど、ど、どした?」
「ちょっと電話してくる」
「お前、次の時間って第4校舎じゃなかったっけ? 早く移動しねぇとやばいんじゃ…」
「歩きながらでも電話はできる」
「気ぃつけろよー、俺先行ってっから」
一樹と別れた理玖はすぐに着信履歴から発信ボタンをタップした。
3コール鳴って相手の声が聞こえた。
「もしもし? 南里くん、ごめんね急に電話して」
相手は少し低い女声で、出るとすぐに理玖に謝ってきた。
「いえ、大丈夫です。俺のほうも講義中だったんで……それで、何かありましたか?」
「南里くんさ、今度の日曜日空いてないかな?」
「え……っと、今のところは」
「実はミュージックビデオのダンサーの依頼がきたの、南里くんに」
「…………へ?」
あまりに突然の、そして予想をはるかに超えた言葉に理玖は足を止め素っ頓狂な声を出してしまった。
「実はクライアントさんからの要望に沿うダンサーが南里くんだなぁって思って、南里くんの去年のショーケースのソロダンスの映像見せて推薦したら大当たりよ!」
「いやいやいや! 俺はあくまで趣味でダンスを続けてるだけで、仕事をしようとは思わないし……それに俺なんかより上手い人はその辺にごろごろいますって」
思わず大きな声が出てしまい、気が付くと通りすがる学生が理玖を見ていた。
恥ずかしくなった理玖は隠れるようにそそくさとその場を離れ、すぐ近くの非常口を出る。
「あれ? 南里くん?」
電話の向こうにいる女性は喋らなくなった理玖に「もしもーし」などと呼びかける。
理玖は非常階段に腰を落ち着けると理玖はすぐに受話器を耳に当てる。
「すいません大丈夫です…話の続きをお願いします」
「そう? ま、というわけでそういうことだから」
「でもそれって動画サイトとかに投稿されますよねフル尺で…絶対特定されるし……大学の奴らに見られたら最悪……」
「その辺は大丈夫よ。だってミュージックビデオを出すアーティストも素性は不明なんだし、絵コンテを見る限りは南里くんってわかるのは家族か恋人くらいよ」
「は? アーティストの素性が不明って……そんなドマイナーな地下アイドルとかですか?」
「"id ″っていうネットアイドルよ」
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