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ネットアイドル「id」 4

 電話の相手、理玖が趣味で通っているコンテンポラリーダンスの講師、香島(かしま) 華笑(はなえ)と翌日会う時間などを決めて通話をきちんと終えると、次の講義は見事に遅刻した。  そして昼になり、一樹と学食で待ち合わせ合流すると、日替わり定食を買って席に着いた。  目の前でカツカレーをがっつく一樹を見ながら理玖は淡々と話す。 「なぁ一樹」 「ん?」 「お前ネットアイドル詳しいよな?」 「まぁな」 「idってアイドル知ってるか?」 「ん? イド? 名前だけなら」  大ぶりのカツを頬張る一樹を見ると、理玖はスマートフォンで動画アプリを起動し、『イド アイドル』と検索する。すると「【MV】陰陽 / id」というタイトルの動画が目についた。 「は…? 5000万再生⁉ めちゃくちゃ有名じゃねーか!」 「今時名前くらいなら聞いたことあんだろ、芸能ニュースとかでも特集されてっし」 「俺こういう系あんま聴かないから」 「お前テレビとかちゃんと見てる? …と丁度いいとこにBLと男アイドルに詳しい奴が来たぞ。鈴野(すずの)ー!」  一樹は右方向にスプーンで指すと、空いていた左手をあげて誰かを呼んだ。  数秒で2人の元にかけて辿り着いた黒髪ロングのパッツン、丸眼鏡の小柄な女子は無遠慮に一樹の隣に座り、向かい側にいる理玖に「よっ」と軽く挨拶した。 「お二人さん、今日もご一緒なんですねー」 「鈴野、何してんの?」 「何って……息してる」  小学2年生レベルの返答に理玖は苦笑する。眼鏡女子、鈴野 (ユイ)はリュックから水筒と密閉袋を取り出してテーブルに置く。 「………それ、飯か?」 「いやぁ、今月も節約しないとー。推しへの愛は計り知れないものよ」  つまり推しのグッズか何かを購入するために金欠であるということだった。  唯の密閉袋から出てきたものは、ラップに包まれたスルメと干し芋だった。 「せめてパンとか買えよ…ってクッサ!」  一樹は思わず鼻をつまんで顔をしかめた。スルメイカの臭いが予想以上に強烈だったようだ。 「お前くっせぇよ! なんでスルメなんだよ!」 「咀嚼が多ければ量が少なくても満腹感が得られるでしょ? そんで干物は日持ちするし…美味しいじゃん?」  唯は美味しそうにスルメをくちゃくちゃと噛んで笑う。  確実にスルメの臭いが付いた手で唯は理玖の持っていたスマートフォンを奪う。 「おい! てめ、スルメの臭い付くだろ!」 「りっくん……なに、″id″見てたの?」  唯は理玖のことを「りっくん」と呼ぶ唯一の人物である。 「鈴野、知ってんのか?」 「むしろ″id様″を知らないりっくんがすごいわー」  スルメのゲソをもしゃもしゃさせながら唯は理玖に小さく拍手する。 「ちなみに私の推しはドクドクちゃんっていうアニソンばっか歌う系王子なんだけど、id様は別格よ。一応ネットアイドルに分類されてるっぽいけど、その辺のネットアイドルとはレベルが違いすぎるわ。歌声がもうねぇ……とにかくやっべぇの。MVに出てる中性的な男の子が本人なのか影武者なのかも不明だし、ただ歌ってて笑わないし生配信とかもしないし喋った声も聞いたことないし……だーけどなんか惹かれるのよねー」  スルメを噛みながらなのだが饒舌に説明する唯に理玖は圧倒された。 「こんだけすごいんだから勿論メジャーデビューの話も出てるらしいんだけど(ことごと)く断られてるってネット記事にあがってたし。理由はわかんないみたい」 「ネットアイドル廃課金厨の情報量すげぇー」  今度は一樹が唯に皮肉っぽく賞賛の拍手を送る。 「まぁまぁ百聞は一見に如かずってことで、ポチっとな」 「あ」

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