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ネットアイドル「id」 5

 動画の概要欄に書かれた歌詞を時々追いながら理玖はMVを見る。  誰もいない森の中から1人の少年人物が歩いてきて、顔はよく見えないままおよそ4分が過ぎた。  カメラもズームは一定なのか、少年が歩いたり止まったりしゃがみこんだり天を仰いだりする全身図を追うだけで、逆光のせいもあってほとんどシルエットだった。  あまりにも映えるとは言い難い映像だったが、ただその少年の佇まいに理玖は息をのんだ。 「な…んか……最近の歌ってこんな感じなのか?」 「最近の歌を聞いてから言えよ」 「ふふふ…やはりりっくんにはまだまだ早かったようね」  理玖はアプリを落としてため息をついた。 「ただこの声は…うん、なんか独特だけど綺麗だなー…くらいは思った」 「この声はねー、真似しようにもできない天性のものだと私は思うのですよ。まずその感想が出るのは正解ですぞ。さすがコインランドリーダンスで表現者をやってるだけあるわね、りっくん」 「コンテンポラリーダンスな」  何時まで経っても唯も一樹も「コンテンポラリーダンス」を覚えてはくれないことに理玖はがっくりとする。  今日の講義が終わり夕方、理玖は一樹と唯に連れられて渋谷にいた。  渋谷駅から10分ほど歩くと、女子高生らしき集団が群がっているショップに辿り着いた。 「ここは色んなアイドルの公式グッズを販売してる店よ。だからJKも多いってわけよ」  看板には「The i-dol SHOP @ SHIBUYA」と書かれている。フロア案内を見ると、入り口には国民的アイドルグループのグッズが置かれているようで、奥に行くにつれて海外のアイドルやネットアイドルのグッズや映像作品、CDなんかも置いてあるとわかる。 「私は推しの限定版Blu-rayボックスを取りに来たんでレジに向かいまする!」 「俺はバーチャルアイドルのグッズを漁りまする!」 「そうか! ならば20分後にまた入り口に集合で!」 「解散!」 「は?え、ちょ…はぁぁあ⁉」  ネットアイドルどころか昨今のアイドルに疎い理玖は、自由なヲタたちに置いて行かれてしまった。  一つため息を吐いて2人の背中を見送ったら「キャー」と女子のきらめく声が耳をつく。驚いてそちらに目をやれば「id」と書かれた特設コーナーがあった。 「id様ってライブとかしないのかなー?」 「てかあんな美声は人類じゃ無理だって」 「わかるー! MVのこの子も絶対美少年だけどid様本人なのかなー?」 「そうだとしたらマジ神降臨だわ」 (そういや鈴野が言ってたな…idは素性を明かしてないって) 「実はすんごいブスが歌ってたりして」 「それやだー!」 (確かにあり得るかもな…影武者ってことで) 「レーベルのミンスタでさ、来月新曲公開って昨日上がってたわ」 「そろそろ円盤で出してくれないかなー、id様なら貢ぐし」 「他のネットアイドルは色々出してんだけどねー。id様のグッズってさ、MVのカット切り取りのトレカとアクスタだけじゃん」 (CD無しでグッズそれだけなのに特設コーナー出来るのかよ⁉)  理玖はidのファンの女子の話にいちいち驚いてしまう。   少ししたら女子高生たちが去り、理玖はidのコーナーの前に立った。  そこに並んでいたものは、大小のアクリルスタンドとトレーディングカードのみ。そしてほぼ売り切れという状態で人気の高さが窺える。小さい液晶モニターにはミュージックビデオが流されていた。昼間に唯に見せられた曲とは違う作品だった。  idらしき少年が夕焼けの河川敷を歩いてカメラは被写体に全く近づかず表情はわからない。  ちらりと視点を動かすと、今見ている映像を切り取ったトレカが目について理玖はそれを手に取っていた。  そしてまた映像に目をやると、目鼻は逆光のせいで見えないのにidに見つめられている感覚におちていく。 (…………こいつが本当にid……なのか?)

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