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ネットアイドル「id」 6
戦利品を手にした友人 2人と合流し、店からほんの近くにあるファミレスに入る。
席について理玖は2人に小声で話した。
「実は今日な、ダンススタジオの先生からさ…idの次の新曲のMVでダンスしてくれって言われたんだよね」
「お…おぅ……」
「へ……あれ? なんかりっくんから後光が…発光してる?」
話を切り出された2人は驚きすぎて声を大きくするでもなく、ただ開いた口が塞がない状態だった。
一樹は自分の顔をパンパンと両手で叩いてなんとか正気に戻る。そして腕を組んで、だがその表情は引きつってる。
「ま、まぁ? 理玖の過去の栄光を考えれば? そ、そういう依頼もあったっておかしくないんじゃね? な? 鈴野?」
「いや私りっくんの過去の栄光なんか知らんし。何、りっくん凄い人なの?」
一樹の問いかけに唯はハテナマークを浮かべ、そんな唯の表情に一樹は「信じられない」と言いたいような驚愕の表情で返した。
「え⁉ おっまえ知らないの⁉ 理玖の栄光は世界の常識だと思ってたのに!」
「夕方のワイドショーで1回取材されただけのコアな情報とか身内以外知ってるわけねーだろバーカ」
「りっくんテレビ出たことあんの⁉ そ〇ジローに会ったの⁉」
話がかなり脱線しそうになったので理玖は黙ることにし、注文用タブレットに目を向けた。
何を食べようかとスワイプしながらメニューを吟味するが、向かい側から刺さる視線に5分も耐えられなかった。
「はぁ……そ〇ジローには会ってねーよ。それにダンサーの件も明日先生から詳しいこと聞かねーとわかんねーし」
「そーなのねー…しっかしidの世界観でダンスってスゴない?」
唯は前のめりだった姿勢を戻して普通に感心する。
「俺は全然知らなかったからMV見たし……まぁ…あれだよ……」
「思わずトレカも買ってしまった、と」
一樹に言われてしまい理玖は気まずそうに頷く。一樹の手には先ほど理玖が買ってしまったトレーディングカードがある。
「しかしなぁ……鈴野、これどう?」
「トレカ買うのはいいけど…このセレクトは……ガチっぽいわー」
理玖が選んだカードはid(らしき人物)が少し上目遣いっぽくカメラ目線だがいい感じで顔はハッキリと特定できないようになっている。ちょっとしたインテリアに使えそうな写真も多い中でこれを選んだことに一樹と唯は若干引いていた。
「ほとんど売り切れだったからそんなんしか残ってなかったんだよ」
「じゃあ買わなきゃいいじゃん」
「なんか買ってたの! そういう時あるだろオタク共が!」
2人 は「うっ…」と図星をつかれて黙ってしまった。
2人が黙ったところで理玖のスマートフォンの着信音が鳴る。新規のメッセージが届いてた。理玖はそれを開くと送信者は華笑だった。
「……………マジかよ」
理玖の目が点になった。その表情を見て唯はすぐに理玖のスマートフォンを奪う。
「なになに………MVの出演料は5万円でいいかしら? はああぁぁぁぁぁぁあ⁉︎」
「5万⁉︎ はぁ⁉︎ テキトーに踊って5万⁉︎」
「テキトーじゃねえし! てか俺もびっくりしてるわ!」
一般大学生にとって1日5万円のアルバイト料は破格の値段である。
「くっそ! お前実家ボンボンのくせにまだ稼ぐ気かよ!」
「うるせぇ! お前と一緒で家賃以外全部自分で稼いでんだよ! 金ねーよ!」
「バイトも時給1300円だろ⁉︎」
「それは鈴野も同じだろうが!」
「カズキング、私期間限定のビッグステーキのデラックスセット頼んだよ」
唯はすでに注文確定ボタンをタップしていた。
「鈴野……お前さ、さっき所持金200円とか言ってなかった?」
「りっくん……ごちでーす」
「はぁ⁉︎ てめ、ふざけ」
「よし、俺はいつも食べたかった鉄板トリプルコンボのデラックスセット(ライス大盛り)にしたわ」
そうして理玖は1番安いほうれん草のソテー(250円)だけを注文した。
「あ、りっくーん、私たちデラックスだからドリバー付いてるんだよねー。私レモンスカッシュがいいなぁ」
「俺コーラなー」
「てめぇら……覚えてろよ…!」
奢る立場なのにパシリになった理玖は自分のお冷を含めて3人分のドリンクをドリンクバーで調達する。ドリンクバーに向かう途中、右肩に誰かとぶつかった。
「あ、すんません」
「………ご、ごめん、なさ…い」
理玖が先に謝ると、ぶつかった相手は蚊の鳴くような声量で下を向いたまま謝った。
そそくさとその場を去るその人を理玖は少しだけ見送る。
(何だ……? あの子……)
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