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ネットアイドル「id」 9

 翌日、夕方5時からパチンコ屋のアルバイトに理玖と唯は勤しんでいた。  同じシフトだから同じタイミングで20分の休憩に入り、従業員控室で2人は安いパイプ椅子に腰をおろした。  理玖はスマートフォンから小さく音を流して座ったまま上半身だけ動かす。昨日頭に入れた振りを思い出しながら左右に手を伸ばしたり引っ込めたり、上を見上げたり肩を揺らしたり、ひとつひとつ音に合わせて踊る。 「りっくんってさー、本当にダンス上手いんだね」 「どうも」 「でも今時のポップなダンスとは違うね。コンテンポラリーってそんなの?」 「基本はバレエの動きだったり…する…かなぁ」  喋りながらも音楽を聴き手を動かすが、2番のサビ、idの顔を撫でる仕草を迷い「もういいや」と練習をやめた。 「バレエやってたってことはさ、お股に白鳥付けてつま先立ちで踊ってた?」 「昭和のコントじゃねーよ」 「じゃあクルクル回れるの?」 「まあな、今は滅多に本気で回らねぇけど」 「回ってみてよ、そこで」  唯は控室の入り口近くの少し広いスペースを指して急にお願いをする。  理玖は勿論「嫌だ」と雑に断った。だが唯は引き下がらない。 「じゃあさ、あの、足! 足が横に向くやつとかできるの?」  そういうと唯は立ち上がって手拍子をしながら「アン、ドゥ、トロワ」と理玖を煽る。困惑して折れた理玖は重い腰をあげ、少しだけ足首を回し「1番のポジション」で立った。  理玖の足はかかと同士がくっついて、180度に綺麗に開いている。 「うわうわうわうわ! キモ! キモい! あ、足がぐにゃんって…!」 「これくらいはできるっつの」  気が済んだであろう唯の驚く様子を見て、理玖は足を元に戻す。テーブルの上にスマートフォンの隣に置いてたチルドカップのカフェオレの残りを吸い切った。 「今度の日曜だっけ、MV撮影」 「そうだけど」 「次の日曜ってファン感でスリーセブンハニーズが来る超絶忙しい日なんだよねー」 「それは知ってたけど日給5万円には勝てん」 「結局世の中カネかー! あー! 私も100億円ほしーなー!」  そうこうしていると20分の休憩が終了し、2人ともパチンコホールに戻った。  唯はネットアイドルは課金するほど大好きなはずなのだが、idのことを詮索することはなく理玖は心の底で感謝していた。  翌日からはバイトも休んで毎日大学の講義が終わると華笑のもとに通い練習をする。  本番2日前に新曲の曲名が決まったという報が華笑に届いた。 「sky high」  空、高い。  idにしては安直な名前だ、というのが第一印象だった。そして理玖はidという人物像がますますわからなくなっていた。 (…考えたってしゃーないか。これ一度きりだろうし……一樹とか鈴野みてぇなひょうきんバカだったら少しいやかも……)

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