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sky high 7
1年前、崇一が帆乃を見つけたのは偶然だった。そして衝撃でもあった。
華笑と結婚してわずか1年の時、芸能界の波に逆らうことができず引責で勤めていたレコード会社を解雇された。
ハローワークに通うも再就職は上手くいかず途方に暮れ、遂には神頼みしかなくなり寂れた神社に立ち寄った。
(あーあ…ハナは自分のスタジオの手伝いでもいいよって言ってくれてるけど…ハナに迷惑かけたくないし、だからってこのままじゃよくないし…)
ふと聞こえてきたのは懐かしい合唱曲のメロディーだった。
大地を愛せよ 大地に生きる
「だいちーをあいせーよ…」
思わず口ずさんでしまったが、すぐに合わせることをやめて聞こえる歌声に耳を澄ませた。
平和な大地よ 静かな大地よ
大地を褒めよ 讃えよ 土よ
その声は男女混声四部の男声テナーパートを歌っていた。
だがこの声質なら女声アルトも歌えそうな、中性的な少年の歌声。崇一は「心にしみていく」を実感する。
そして崇一は気が付くと早足で声のする方へ向かう。境内の裏にその声の主はいて、横からの姿を少しだけ確認できた。中学生か高校生くらいの制服を着た少年だった。
「………あの!」
崇一は思わず声をかけてしまう。
少年は肩をびくっとさせ、恐る恐る崇一の方を向く。
「あ…えっと、そのー………う、歌うまいね。俺、聞こえてきて感動しちゃってさ」
じりじりと近寄る崇一に対して少年は後ずさりをする。どうしても少年とのこの出会いを逃したくない崇一は慌ててスマートフォンを取り出す。
「ねぇ! 何か他に歌える⁉」
「……へ?」
「何か他に、知ってる曲あるかな? 流すから!」
「…えっと、教科書に、の、載ってる…きょ、曲、なら……」
少年が声を震わせながら答えると崇一はすぐに音楽のサブスクリプションアプリを起動し思い当たる曲を検索する。
そして流した曲は『さくら(独唱)』、少年は知っていたようでピアノのイントロが流れて理解した瞬間に呼吸を整える。
僕らは きっと待ってる 君とまた会える日々を
歌いだしのブレスから違っていた。崇一は震えた。
サビに向かって段々と盛り上がるにつれ、崇一の心臓は高鳴る。そして、涙が流れた。
少年を見れば、歌が憑依したように、寂しさと切なさと、少しだけ混ざる嬉しさが感じ取れる。
(ハナ、ごめん…! 俺は、この子を、この歌声を、この感動を、多くの人に届けたい!)
さくら舞い散る道の 上で
咲いてもいない桜が散っていくように見えた。
そしてこれ以上の衝撃はもう味わえない、崇一はそう思っていた。たったさっきまでは。
*****
「なぁ、ハナ……南里くんって何者なんだ?」
涙を拭う華笑に崇一はそっと聞いた。華笑は理玖を見ながら、ゆっくり彼を辿るように話す。
「今は普通の大学生よ、本人だってそう言ってる……私は彼のお姉さんから紹介されてダンスを教えている。彼も趣味の範囲で続けたいって意思があったから私はそれを尊重してきた。今回だって軽いバイトとして釣っただけ……だけど、こんなの見ちゃったら…ねぇ……」
過去は世界を周るアーティストのバックで踊っていた華笑の経験値は一流と呼んでも過言ではない。その華笑は理玖に「可能性」のようなものを感じてはいた。
(南里くん、まさか君がidの表現を呑み込まんとする力があるなんて……君も踊りながら、わかってるでしょ? idの魅力と、その力を……)
眼差しで理玖に問いかける。
しかし理玖は自然と向き合って踊っていた。
本番はこれからだ。
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