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ワンダーダンサー「ego」 1
ミュージックビデオ撮影からおおよそ1ヵ月以上が経過した。
梅雨の気配がなく暑い日が続く6月3日金曜日の午後5時、理玖は唯とパチンコ屋のアルバイトにじんわりと汗をかいていた。
ホール内はガンガン冷房を利かせているのに、従業員控室は頑なに28度を厳守されているせいだった。
シフト交代の時間で今日は午後1時から出勤していた2人は、タイムカードを押してからダラダラしていた。
「りっくーん…お外出たくねぇ…」
「外出ねぇと帰れねーぞー…」
唯は長い黒髪を束ねて少しアップにしているのに暑い。うだうだしてふとホワイトボードを見ると午前シフトの主婦パートの奥井 さんからの伝言が書かれていた。
「りっくん! 奥井ママが冷蔵庫にコーラ入れてくれてる!」
「マジか!」
貧乏学生2人はすぐさま1人1本のコーラを取り出してプルタブをあげる。
「うめえええええ!」
「沁みるうううう!」
コーラが美味しい季節だと身に染みて感じた瞬間、2人のスマートフォンに同時にメッセージの着信がきた。送り主は一樹で内容は「idの新曲がupされてっぞ!」と。
唯はすぐに動画アプリを開いた。
「id、『sky high』…これりっくん出てるやつじゃん」
「は? マジで?」
「え、知らないの? 出演者なのに⁉」
「先生たちからは大体1ヵ月後とくらいしか聞いてなかった。給料だって取っ払いだったしよ」
「記念すべきりっくんのデビューなのにぃ?」
詳細を聞いてなかった理玖も驚いていた。idは予告なくこうして新曲を発表するスタイルらしいが。
「再生しよ」
「今はやめろ、クソ恥ずい」
「いいじゃんいいじゃーん」
唯はサムネイル画像をタップして再生する。
恥ずかしさに耐えながらも理玖は初めて完成品を一緒に見る。
白い世界に白いローブを纏うidが立っている。ピアノの音が鳴るとそれに合わせて空が投影されidも空に染められる。
そしてidの視線とidの指先、その先には同じように空に染められた人物が天を指した。
「え、りっくん、全然顔わかんないんだけど」
「あんま顔バレしないようにって条件だったんだよ」
歌が始まると2人は黙って見入る。
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