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ワンダーダンサー「ego」 6
アネモネちゃんの曲を一しきり歌った一樹と帆乃は喉がカラカラになる。
「理玖ぅ、俺ビール」
「はいはい、帆乃くんは何飲む?」
「え……えっと………お、俺……」
「いいよ、そこのバカの奢りだから遠慮しないで」
「……………………み、南里、さんと、同じので…」
「カルピスだけど、いい?」
理玖が訊くと帆乃は小さく頷いた。理玖はタブレットでドリンクとフードを注文すると、肩身を狭くしている帆乃を見て笑う。
「他人の金で飲み食いするって案外楽しいよ」
「で、でも…」
「あ、あと…勝手に帆乃くんなんて呼んで、ごめんね。多分…だけど、俺のが年上だと勝手に思っちゃってさ」
「い、いえ……お、俺、ほんと、に…と、年下、なので…」
「まぁ…高校生、だよね…帆乃くん」
「はい…こ、高3、です」
「へー…意外かも……もっと下かと思った」
「………そ、そん、な…こと…ない、と…」
「ははは…ごめんごめん」
理玖と帆乃のやり取りを向かい側で見た一樹と唯は2人の間に流れる甘い匂いを感知し、苦しむ。
「カズキングぅ…わ、私は、心臓が、痛い!」
「俺もだ鈴野氏……なんだこの青春の甘酸っぱい胸の疼きはぁ!」
「陰キャにはつれぇよ! しかし! 腐女子としてはあざまーす!」
奇妙なテンションの2人に帆乃は恐怖を覚えたのか顔が不安そうになる。理玖は呆れて大きくため息をついて、帆乃の頭をクシャっと撫でて「大丈夫だよ、いつものこと」と優しく笑う。それに対して帆乃は下を向いて頷いた。
「そうだ…帆乃くんがidってことを勝手に言ってごめんね。華笑先生からidの正体は公表していないとはきちんと聞いてる。そんでこの2人は……ふざけてっけど、言ってはいけないことは分別できるから信じて欲しい」
「あ、あの……いえ…俺は、大丈夫、です………け、ど……その……」
「うん」
「お、お二人、は……い、い、idの、こと…知ってた、から……ほんと、の、俺が……その……」
(ああ、また…)
帆乃はまた段々と顔と耳が赤くなって、泣き出しそうな声をしている。
「こんな…暗くて…ダサい……奴で……げ、幻滅…」
「帆乃くん…」
理玖は自然と帆乃を抱きしめようとしたが、また黒髪ロングの物体が2人を遮る。
「何言ってんのよ、帆乃たん! めっ!」
泣き出しそうな帆乃を抱きしめたのは細い腕の唯だった。
「そうだそうだ。暗くてダッセェなんてこの世の大半の人間がそんなもんだ。俺と鈴野もまぁまぁ陰キャの類だし、理玖を見てみろよ。いっけすかねぇ、スーンとしてノリ悪ぃし、暗いのなんのって」
帆乃の自己否定を唯と一樹は否定する。
「もう私たちは分かったよ。帆乃たんは素直で可愛くて照れ屋で歌が上手い子だって。私たち仲良くなれそう!」
「俺も。お前もだろ? 理玖」
一樹に訊ねられて、理玖は一度一樹のドヤ顔を見てすぐに帆乃を見て微笑む。
「そうだな」
唯は抱きしめてた帆乃から少しだけ離れて両手を繋ぎ、キラキラして帆乃の目を見る。
「私は鈴野 唯、成堂大学3年、好きなものはネットアイドルとゲーム。よろしくね!」
「俺は西村 一樹、同じく成堂大学3年で、理玖とは高校からのツレ。同じアネモネちゃんファン同士、仲良くやろうや」
「……南里 理玖、成堂大学3年…これからまたよろしくね」
「は、い……」
帆乃の涙は悲しみでなく、嬉しさで流れた。
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