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ワンダーダンサー「ego」 8

 理玖は帆乃の無防備になってるスマートフォンのロック画面を解除し、電話帳から「香島 崇一」を見つけ通話ボタンをタップした。  5コール目で崇一は電話に出る。 「もしもし、帆乃くんどうし」 「ご無沙汰してます香島さん、その節はお世話になりました」 「へ⁉ だ、誰ですか⁉」 「南里です」 「あ、あー! あー! 南里くんかー! ビックリしたよ、帆乃くんの携帯からだもん」  聞き馴れない男の声に怯んだ崇一は理玖だとわかると安堵したようだ。しかし電話越しでも理玖の怒りオーラは伝わっているようで。 「で、っと…えーっと……もしかしてぇ…怒ってる?」 「当たり前です! 今日渋谷でたまたまビジョンを見ました! 何ですか〝ego”って!」 「いや、idが本能なら自我という意味のegoがいいんじゃないかなーって」 「そういうことを訊いてるんじゃないんですよ! 俺が踊るのはあのMVで1回きりだと思ってたんですけど!」 「あ、そういうこと? それはまた追々説明しようと思ってたんだけどすっかり忘れてリリース迎えちゃったんだよねー」 「んなモン忘れるわけないでしょうが…はあ…」  天然なのかそのフリなのか、不可解な崇一の声色に理玖は呆れてしまい脱力しながらソファに深く座った。 「てゆーか何で南里くんが帆乃くんの携帯に?」 「んなことどうだっていいでしょ。それより忘れてた説明とやらをしてください」 「ご、ごめんねー。あのMV撮影のあとに小泉とハナと話し合ったんだけど、MVの出来がすんごーく良くてね。帆乃くんだけでも素晴らしいんだけど、南里くんが加わったことで途轍もなくすんごいものを生み出したねって。実際今日公開して数字にも顕れているわけだから、この可能性をもっと伸ばしたい。だから南里くんには引き続きidの専属ダンサーとして踊って欲しんだ」  冷静に丁寧に話していくが、崇一の声は情熱にあふれていた。そして「途轍もないもの」という言葉を理玖は否定できなかった。 「………わかりました。また詳しいことは話し合っていただけますよね?」 「もちろん! あ、因みに南里くんって大学生だよね? 何歳?」 「ハタチです。もうすぐ21です」 「じゃあ保護者の同意とかは不要だね。俺の連絡先は帆乃くんかハナに聞いといて」 「はい」 「んじゃまたね」  電話を切ろうとする崇一を理玖は止めた。 「あの、帆乃くんも香島さんに用事があるみたいです」 「帆乃くんが?」  崇一は不思議そうな声を出し、それを聞いた理玖はスマートフォンを帆乃に返した。  帆乃は少し震えた声で崇一と話す。理玖はそんな帆乃をチラチラと横目で見て気にしながらコーラを飲んだ。 「あ! りっくん、それ私のだし」 「あ、間違えた」  無意識に飲んだコーラは唯のものだった。「ごめん」と言いながらわざと全部飲み干した。 「は⁉ 信じらんない! 私のコーラ返せ!」 「返そうか?」  理玖はいたずらな笑みを浮かべると唯の顔面目掛けてゲップをする。唯は地団駄を踏む。 「きぃぃぃぃ! このエセ爽やかジゼル王子め!」 「ジゼルは村娘な」  細かいツッコミに唯は更に腹を立て頬を膨らませ、理玖の首を後ろから締め上げる。  まるで夫婦コントのようなやり取りは3人にとっては日常茶飯事でも初見では過激だったようで、通話を終えた帆乃は理玖から一歩引いた。 「え、あ……あの……えっと……」 「帆乃くん、気にしたら負けだ。この2人、いつものことだから」  一樹はすぐに帆乃を自分の隣に避難させてモサモサの髪をくしゃりと撫でた。 「それで社長さんとは話せた?」 「はい……え、あの……あ、ID…教えて、いいって……」 「マジ⁉ やったね! じゃあ早速…」  一樹は一番乗りで帆乃とメッセージのIDを交換する。  2人がスマートフォンを向かい合わせているのを見て唯は「あー!」と大声をあげて、すぐさま帆乃に駆け寄る。 「帆乃たん! 私も! 私ともID交換するー!」 「は、はい…っ!」  1人取り残された理玖は咳がやんで両頬を叩き自分の生存を確認する。  恨めしい視線を唯に向けようとしたが、目に入ったのは帆乃の柔らかな美しい笑い顔で、一瞬だけ顔が熱くなった。

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