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ワンダーダンサー「ego」 10

 カラオケで夕飯も済ませ満足した一行は渋谷駅で解散することにした。 「帆乃くんって家はどこなの?」 「え…っと……し、白金台……です……」  とんでもないセレブ街の名前が出てきて貧乏学生3人は硬直した。そして一樹は腕時計を見る。 「おおおおおいおい…も、もうすぐ9時だぜ…」 「セ、セレブ警察に捕まる? 児童ポルノ?」  混乱する貧乏学生に帆乃は「だ、大丈夫です」とフォローする。 「い、い、いつも…の、こと…です……」  そして悲しそうに「大丈夫です」と尻すぼみで言う。  そんな帆乃の姿に3人とも胸が締め付けられる。 「帆乃くん、家まで送っていくよ。もう遅いから…なんか心配だし」  伊達眼鏡を掛けなおした理玖は優しく帆乃の手を取った。 「そ、そんな…! 悪い、です…!」 「いいよ。気にしないで」  遠慮する帆乃を無視して唯と一樹に「じゃあな」と言ってJRの改札に消えていった。 「……明日りっくんゼミあるんじゃなかった?」 「補講とゼミぎっちぎちな日なんだけどな明日」 「死ぬんじゃね?」  残された2人は京王線に乗るために例のごとく笹塚まで歩いて向かう。 「ego、ねぇ」  唯がポツリと呟いた。 「人間の精神構造は、イドと自我と超自我…だっけね」 「俺ら心理学科なんだから理解しとこうぜ」 「エゴは、イドと超自我のバランサーのようなものだから…帆乃たんが天性に持ってる魅力の滝をりっくんが制御する…って狙いなのかね?」  唯はため息を吐いた。 「俺もアップされてから見たけどさー、制御するどころか2人がやべーくらいにぶつかり合ってる気がすんだよな。今までのidのMVの中で一番やべーって思ったもん」 「私家帰ってからMV鬼リピすると思う」 「でも、まぁ…理玖はこれでもかなり大人しくなってるからな」 「マジ⁉」  ミュージックビデオで踊る親友を一樹は思い出しながら、また話す。 「あいつがバレエ辞めたのは高3の夏過ぎでさ。当時もクラスから浮いたりなんてことは特になかったはずなんだけどやっぱ゛ナルシストだ”だの゛気取り屋だ”だのやっかまれたし…実際コンクールの間近だとオーラやばかったし。だからその時と比べたらオーラがないって…言うか…あー口頭で説明すんのむずっ!」  一樹は「うぁー」と大口を開けて天を仰ぐ。唯は一樹の肩をポンポンと叩く。 「カズキング…無理したらバカになるよ」 「うるせー!」 「君が言わんとしてることは私もわかるよ。りっくんのマジな姿って私は見たことないし…だからMV見て震えたもん。あれが私の友達ってのがいまだに信じられないわー…」  唯も視線を遠くにやる。そして2人揃ってため息を吐く。 「ところで鈴野よ…お前さん、あの理玖どう思った?」 「……野暮なことを訊くなカズキング。あれは完璧に帆乃たんに惚れてる」 「だよな? だよな!」 「心が冷たいエセ王子様系大学生攻めの二面性健気歌姫受けの純愛…萌える!」 「腐女子うるせぇ」    同時刻、地下鉄に乗っていた理玖に悪寒が走った。

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