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ハッピーバースデー 1

 ミュージックビデオが解禁、理玖が「ego」と名付けられた翌日、昨日買った伊達眼鏡をつけていた。 「すげーよなぁ、idの新曲。サブスクで1位だし」 「MVの再生数も過去最高…やっばいね。円盤出たら私3枚買うわ」  いつものように理玖は唯と一樹と学食でダラダラとしていた。 「夏が過ぎたら就活のアレコレ始まるよなー」  理玖がスマートフォンをいじりながらつぶやくと、その言葉に唯と一樹は苦しみ始めた。 「そ…それを…それを言うなぁぁぁぁ!」 「やだ! 働いたら負けでござる!」 「鈴野、お前は院に進むんだから関係ねぇじゃん」 「あ、でも院試が来年」 「それを言うなぁぁぁぁぁぁ!」  大学3年の夏休みも目前だが、これでも順調に単位を稼ぎ3人ともは来年には卒業する身で将来がそこまで迫っていた。  唯は臨床心理士を目指すため大学院に進むことを決め、一樹は公務員試験を受けるか一般企業に就くかで迷い悩む。理玖は手堅く一般企業に就職する道を決めていた、はずだった。 「俺、どうしようかな……」 「は?」 「え、りっくんが迷うの? 今?」  あまりに意外な言葉に唯と一樹は驚く。  3人の中では1番堅実な理玖が迷う姿は初めてだった。特に一樹は驚く。 「いやいやいや…バレエ辞めた時も普通のテンションだったお前が就活で迷うの⁉」 「それはまた別の話だろ」  理玖は呆れたように答えて頬杖をつく。唯は前のめりになって訊ねる。 「ねぇりっくん、そんなアッサリ辞めたのに、どうしてダンスを続けてんの?」 「何でって…姉貴に勧められ…」  事実を答えようとしたのに言葉が詰まる。 (何で姉貴は俺にダンスを勧めて、華笑先生に紹介したんだっけ……あれ? たった2年半前のことなのに……)  どうにも胸が気持ち悪くなる。  理玖の年の離れた姉は行動力と決断力は突拍子もないことがあるがその言動にはきちんと理由があったはずだった。 「理玖さ、MVのダンスが評価されて、やっぱり自分の生きたい道が出来たんじゃねぇの?」  いつになく一樹が真剣な声だった。 「俺はお前がバレエしてんの見てて、いつもバカやってる理玖が遠くの国の人になったみたいでビビってた。けど心の底からすげぇ奴って思ったし、辞めたあとだってもう一回やってくんねぇかなって思ってた。だからMV見てすげぇ嬉しかったんだよ」  熱く語る一樹の目を理玖はまっすぐ見ることができなかった。  唯はテーブルの上で理玖の手を取りぎゅっと握る。 「私もカズキングと同じ。バイトの休憩中も練習してたし、りっくんが何かに真剣になってんの初めて見て…りっくんはダンス好きなんだってわかったよ。指先まで全てが綺麗で王子様かと思った。りっくんって天才って思った」 「鈴野…」  唯の手を振り払うことができずに、握られた自分の指先を見る。  ふと思い出したのは。  待つことが駄目で抗えない世界は  受け止め抱きしめなきゃいけないルールを強いられて  みんなが生きにくそうで僕は泣いたけど  嗤われたよ 蔑まれたよ 群れのせいで  このフレーズの振りで撫でたidの頬の感触と見つめあったidの瞳。 「また……会いたいって、思ったから……」

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