37 / 175

ハッピーバースデー 5

 あの後理玖は帆乃に声をかけることなく、缶コーヒーを飲み干してすぐに立ち去った。  ふと我に返った瞬間、帆乃を意識してしまい恥ずかしくて逃げたくなったからだった。  そして現在午前9時53分、理玖は「マックスレーベル」の事務所の応接室の椅子に座って落ち着かない様子でスマートフォンをいじっている。  隣の席に座っているのは教科書を広げて勉強をしている帆乃だった。 (帆乃くんって高校生なんだよなー……てかあの教科書って数Ⅲ…極限って何⁉)  理玖は文系なので帆乃が解いている問題を知らない。スラスラと回答していく帆乃のペン先に圧倒される。 「帆乃くんって…高校どこ?」  驚いてしまい理玖は訊ねた。帆乃は一度理玖を見て「ええ…と」と戸惑う。 「えっと……成堂大学付属、です……成堂大学付属北成堂男子高校…」 「え゛⁉ 俺の大学じゃん! 付属ってどこにあんの?」 「校舎は、えっと…みょ、茗荷谷です……大学って、と、遠い、んですか…?」 「あー…遠い…かなぁ?」  理玖が通う大学のキャンパスは調布市で、付属の幼稚舎から高等部までは23区内にある、と同じ学科の付属から進学している人に聞いたことはあった。 (俺らの学科はエスカレーターの奴少ないけど、理系とか法学部とか教育系にエスカレーターで進学してるの多いよな…)  理玖が考え込んでしまい会話が続かなかった。帆乃は申し訳なさそうに最後の何文字かを書いて教科書を閉じた。 (あれ? 俺どうやって帆乃くんと喋ってたっけ? え、わからん! 教えてくれ2日前の俺えええええええええ!)  理玖は冷や汗が止まらない。「崇一さん早く来て!」と祈りながらスマートフォンをいじる振りをした。  午前10時3分になって、ようやく崇一と知らない男性が応接室に入ってきた。

ともだちにシェアしよう!