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ハッピーバースデー 16

 翌日、帆乃は午前中のテストを終え、制服のまま理玖たちの大学に向かった。  最寄り駅の改札を抜けると唯が待ち構えていた。 「帆乃たーん!」 「こ、こんにちは……」  いつものように唯が帆乃の手を取って「行こっ!」と言い一緒に歩く。その触れ合いが帆乃は心地よかった。 (なんか…くすぐったいな…)  嬉しくて思わず笑った。そんな笑顔を見た唯は優しく帆乃を見つめる。 「やっぱり帆乃たんは笑顔が1番よ。idの()も好きだけど…お人形さんを愛でるような感じだから、人間らしく笑った方が私は好きだなぁ」 「ふえ……そ、そんなの」 「きっとりっくんも私と同じ気持ちだよ」 (南里さんが⁉)  理玖の名前が出た途端、妙に緊張して顔が赤くなってしまう。唯は母性本能がくすぐられて帆乃の腕に抱き着いて悶える。 「あー! もー! かあーいー! 萌えるー!」 「ひゃっ⁉ す、鈴野さん⁉」 「あ、それ! めっちゃ寂しいから私のことは今から『唯ちゃん』って呼んで!」 「ゆ……唯、ちゃん?」 「そうそう! いやぁ、友人という友人があのムサ男2人だから唯ちゃんって呼ばれるの憧れたのよー。もう嬉しいの極み!」 「唯、ちゃん……」 「やぁん! もっかい!」 「唯ちゃん…」  傍から見ればバカップルのやり取りで、何も知らない人は2人は付き合いたての男女に見えるだろう。  そんな唯と帆乃の姿は、唯のことを知る心理学科の3年生たちの中ですぐ噂になった。 「おい、南里、お前鈴野に彼氏いたの知ってた?」 「は⁉」  同じゼミの丸川に理玖は訊かれる。 「鈴野に彼氏ぃ? それ幻覚だろ」  理玖の隣にいた一樹が信じられないというように答えた。 「マジだって! 駅の方ですんげーラブラブで腕組んでたって。相手、成堂の付属の制服着てたけど」 「制服…って」 「あー…なーんだ。それは」 「鈴野のこと『唯ちゃん』って呼んでたし、あれはマジで彼氏だろ」 「ゆ……い……ちゃ……っ⁉」  理玖は席を立ち、横に置いてた自分の荷物を持って教室を速足で出ていった。  その背中を見送りながら一樹は「あーあ」と笑った。他のゼミ生と教授は訳が分からず呆気にとられた。 「お、おい…西村、南里どしたん?」 「んー…所有欲全開って感じ?」 「怖っ! あいつそんな束縛キャラだっけ?」 「いーや。放置しまくって振られキングじゃん。ま、人生で初めて本気になってんだよきっと。本人全く認めないけど」  そんな一樹の見解に耳をそばだてていた初老のゼミの教授はにこやかにホワイトボードに書きこむ。 「さて、今日は授業を投げ出してまで本気の恋をしている南里くんを知るために、恋愛状態における人間の心理状態について話し合いましょう」  教室を離れた理玖は授業でいじられていることを知る由がない。

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