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ハッピーバースデー 20

 スタジオ見学は基本自由らしいので受付で「見学です」と言い、名前を書くだけで入れた。  見学ルームを案内され、ドアを開けると廊下のように細長い空間が広がり、そこにベンチが3脚並んでいた。他に見学者もいなかったので2人は真ん中のベンチに腰を落ち着けた。  スタジオ内の声や音は天井に吊るされているスピーカーを通してよく聞こえていた。 「これマジックミラーらしくて、向こうからはこっちが見えないんだって」 「すごい……」  スピーカーから華笑の凛とした声が聞こえ、帆乃はスタジオに目を向けた。 「そんじゃウォームアップが終わったので、今日は来月の課題発表の中間報告をしてもらいます」 「はーい」  生徒たちはハキハキと返事をした。生徒の中で男性は理玖だけで異様に目立っている。  服装はいたって普通のTシャツとジャージでバレエに近いものを想像していた帆乃と一樹は少し驚いた。前髪が少し邪魔なのか可愛い猫の前髪クリップであげられていた。 「んじゃトップバッターは南里くん」 「先生、毎回俺ですよね?」 「しょうがないでしょ、お姉さまたちのリクエストなんだから」  この教室で理玖は周りのお姉さまたちに遊ばれているのだと一樹は悟った。 「よっ! プリンス!」 「王子様期待してるわよ!」  お姉さまたちは壁側によけて座り、理玖は一人だけ中央に残された。そして深いため息を吐く。 「準備いいわね?」 「うぃーす」  華笑に気の抜けた返事をしたが、華笑が音楽を掛けると理玖の纏う空気が一変する。  鏡越しでもその空気がピリッとしていることがわかるくらいに。  ピアノの旋律に弦楽器の音が乗って、アコースティックギターのアルペジオと同時に女性の歌が始まる。 「………何て、曲だろ…」 「んー、聞いたことあるなー。映画の主題歌とかじゃね?」  だが音楽をじっくり聴くことはもうできなかった。  美しく、真っすぐ立っていた理玖の足はつま先まで滑らかに動き、控えめだった動きは音に合わせて段々と大きくなる。  切なかった無表情が優しくなった、しかしサビに入ると切なく涙を流しそうな目をして、まるでそこに「愛しい人」がいるような、そして理玖は「愛している」と伝えるように情熱をぶつける。  理玖が見学ルームの方向を向き手を差し伸べ「届かない」と諦めて手を引き哀しく踊る。再び上げた顔の表情は哀しく笑っていた。  目が合ってしまった帆乃は、涙が溢れた。  そして理玖に背を向けられた帆乃は思わず立ち上がって、鏡に触れた。 (やだ…やだ……行かないでください……)  大サビ、華笑が立つ方向に理玖は向く。  「もう離さない」と「愛しい誰か」を抱きしめて、共に踊ると楽しそうに、愛おしい眼差しで指先を見つめている。その手は「愛しい誰か」とつながっている。 (どうしよ……苦しい………苦しい…です………南里さん…) 「帆乃くん、帆乃くん!」  一樹が肩を引っ張って帆乃を呼び戻す。帆乃の意識は戻った。 「あ………あ…れ………俺………」 「もー…帆乃くん引き込まれすぎだよ。あーあーあー、こんな泣いちゃって」 「んぐ…」  一樹は帆乃をベンチに座らせると、駅前でもらったポケットティッシュを取り出して帆乃の涙を拭いた。 「どしたの、急に立ち上がって」 「あ、の……お…俺……」 「うん」  一樹は帆乃の背中をさすりながら耳を傾けた。 「み、南里、さ………が、えっと……ど、どっか………行っちゃうの……寂しく、な…て…」 「うん」 「そ、し…た……ら…し……知らない、人、と……いて……」 「そっかー…」 「お、俺……だめ、なの……に……どう、しよ……」 「うん…」 (俺、本当に…南里さんが、好きなんだ……こんなことで、悲しくなるくらい)  初めての気持ちに気が付いた帆乃は、ティッシュで鼻を押さえ、ただ涙を流した。

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