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ハッピーバースデー 33
帆乃が完食したら、理玖はテレビを消して帆乃と向き合った。
「帆乃くん…今日のことで、俺は帆乃くんの両親に相談しないといけない…」
医師から無理やり帆乃を連れ出した責任を理玖は感じていた。
「俺もまだ学生だけど、一応成人している……だから大人として帆乃くんを守る為の常識的な対応をさせてもらう。俺から連絡するから…」
帆乃は下を向いて震えはじめて「ぁ……ぁ…」と蚊が鳴くような声を出していた。
あまりにも普通じゃない状態に一樹は「帆乃くん?」と声をかける。
「お……れ………は………ぁ…の……も、も…う……」
ガタガタ震える手でスクールバッグを手に取って立ち上がる。
「帰ります…!」
「帆乃くん⁉」
帆乃が走って、玄関のドアを開けると、丁度バイトから帰宅してきた唯と鉢合わせた。
「鈴野! グッドタイミング!」
一樹がそう言うと唯は帆乃を見て帆乃の手首をつかんだ。
「帆乃たん何して」
「離して!」
帆乃は唯の手を振り払うと、靴のかかとを踏んだまま走って逃げる。
「帆乃くん!」
理玖がサンダルを履いて帆乃を追いかけようとすると、唯は「りっくん待って!」と制止する。
「何でだよ!」
「私が行く! りっくん鈍足だし! これ冷蔵庫!」
唯は手に持っていた荷物を理玖たちに預けて帆乃が走った方向へ全速力で駆けていく。
理玖の家の周りはアパートやマンションばかりの住宅街で入り組んでいる。
どこかも分からない道を走っていると、ポツポツと雨が降り始めた。
(知られたら駄目だ…俺のこと……俺の本当のこと……知られたら…全部、全部…失くしてしまう……今度は南里さんたちが……)
ザーっと降り始めた雨に濡れて、でも何処かで雨を避けようとは思えず、帆乃はその場で立ち尽くしてしまった。
(迷惑ばっかりかけて、甘えてばっかりで、3人ともが優しいからって調子に乗って……束の間だったけど幸せだった……俺にそんな資格ないのに……)
スクールバッグが手から滑り落ちて、帆乃は下を向いて雨音に紛れて嗚咽 を殺し泣いた。
「ふ…ぅ……うぅ……ゔー……」
(こんなこと初めてじゃない、何度もあった……何度も繰り返して、その度に諦めてた……俺は無力で、何やっても無駄だし、悲しさなんてなくて……また元に戻るだけ…怖くなんかないのに……)
「やだぁ……やだよぉ……」
(諦めなきゃ……逃げられない……俺は…助けてもらえない……)
声を上げることさえ無駄だと、密かに今、この瞬間だけ傷つくだけでいいと自暴自棄になる。
「帆乃たーん! 帆乃たーん!」
聞き覚えのある甲高い声が帆乃の名前を呼ぶ。それから10秒もしないうちに帆乃は後ろから抱きしめられていた。
「見っけ、た……帆乃たん……!」
「……な……ん…で……」
帆乃は振り向かなかったが、それが唯だとわかる。
唯は帆乃を抱き留める力を強める。
「何で…じゃない……帆乃たんを、帰すワケにはいかない、の…」
「お…俺……は……」
「大事な大事な帆乃たんが傷つくことがどうしても嫌なの!」
唯の悲痛な叫びで帆乃は顔を上げ、雨を浴びた。
「うぅ…ゔぅ……うぐぅ……うぅ……」
言葉が出てこなかった。唯も帆乃の肩に顔を埋めて震え、泣いていた。
そして容赦なく濡らしていた雨が突然止んだ。違う、帆乃に雨が降らなくなった。
そっと目を開けると、自分の代わりに濡れる髪の毛と首筋があった。
鼻腔をくすぐるのは知らないシャンプーの香り、雨音より大きく聞こえるのは早い心音。
「帰ろう、帆乃くん」
降ってきたのは帆乃が好きな優しい声。
「ぁ……」
「鈴野、お前びっしょびしょ」
「うるひゃい! うわあぁああん!」
「あーあーあー、うるせーから泣き止め。理玖んチに着替え持ってってやるから戻ろーぜ」
「ゔぅ…うえ゛ーん!」
「うわ! 鼻水つけんな!」
帆乃の背中から唯は離れた。唯は一樹がさす傘に入って支えられながら来た道を戻って歩き出した。
帆乃は理玖の半袖パーカーを被って守られていたが傘ほどの防水はなかったのでまた徐々に濡れてしまう。
「俺らも帰ろう…ね?」
「……ゔぅ…んゔぅ……」
帆乃が言葉を発することをどうしようもない感情が邪魔をしてくるので、帆乃は恐る恐る理玖の背中に手を回すことで返事をした。
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