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鈴野 唯が見てきたもの

 中学1年の2学期、ほんの些細な出来事だった。  当時からクラスにはカーストが存在し、人と話すことが苦手で本とアニメとアイドルが友達だった私は当然のことながら底辺位置の人間だった。  そんな私が入学してから初めて事務的なこと以外で話しかけられた。話しかけてきた男子の顔はもう覚えてないけど、学年の人気者だったからイケメンだったんだと思う。  いつものように教室の自分の机に座って大好きなラノベを読んでいたら、 「鈴野さんもその作品好きなの? 俺アニメしか見てないんだけど、原作面白い?」  そう楽しそうに声をかけられた。  嬉しかった。私は「面白いよ」と明るく答えた。  だが、その一時のやりとりに私は殺意を抱かれてしまったようだった。  女子のいじめは陰湿で、過激派少女漫画を丸々パクったような内容。  スマホを持っていない私は黒板を使って毎朝毎朝傷つけられた。  眼鏡 死ね 学校くんな バイキン  それだけならいいけど、時には淫猥な言葉を並べられたこともある。  内容を真に受けた3年の男子数人に追いかけられたこともある、教師もそういう視線を私に浴びせてきたこともある、授業中もクスクス笑われて「あ、今悪口言われてんな」って思った。  中学2年の修学旅行、この日から私のカラダは傷を負い始めた。  私は抵抗しても無駄だとすぐに悟って人形のように痛みを感じなくしようとした。  女子は己の力じゃ傷がつけられないから、ありとあらゆる凶器を仕込んだ。決定的なものじゃなくてマチ針とかコンパスとか、たまに酷いときは彫刻刀だったかもしれない。  中学3年にもなると受験のストレスからか男子も攻撃をするようになった。  頬は何度も腫れて、口端から血を流し、その度に母親を泣かせて父親に心労をかけた。  両親が弁護士や警察を頼り、教育委員会にも掛け合って学校で私への暴力を伴う「いじめ」の実態調査が行われたが、見事に隠蔽された。 「唯、ごめんねぇ…」 「もう学校なんか行かなくていいぞ」  両親はそう言ったけど私はそれに従わなかった。死なないことを約束に私は学校に通う。 ___ こんなクズどもに人生ぶっ壊されてたまるか  殺意に近い感情を抱きながら通い続けた。  高校も地元の進学校に合格して、でもそこでも隠蔽されたことをいいことに「いじめ」という名のあらゆる暴力が続いた。  高校1年の秋には不本意ながら処女を失った。  私はアニメグッズのために貯めていたお小遣いをアフターピルで消費した。  母親に「生理不順」だと嘘をついて婦人科に通うようになって低用量ピルを飲み始めた。それは21歳になった今も続いてるとは思わないだろうね。  高校2年、とうとう警察沙汰になり何故か科学の先生が懲戒処分を受けた。  私は加害者たちが勝手に持ち出した薬品を上半身にかけられて酷い火傷を負って救急搬送されたらしい。あまりに突然の出来事でもう記憶がない。  ここまでされたのに「死」を選ばなかったこと、今更ながら不思議だと思う。  私は一回も頼ったことなかったスクールカウンセラー。私はこういう人になると決めていた。その「夢」というか「目標」も支えになったのかもしれない。  自分みたいに殺意を抱いて生きるような子、弱くて死にそうな子、理不尽に虐げられている子…そんな人の力になって寄り添う仕事が素敵だと思った。  そのためには高校をいい成績だけじゃなく、きちんと通って卒業して、センター試験を受けて試験に合格して、大学に通って、大学院にも通って、資格を取って……今頑張らないとなれないと知っていた。  そして大学に行けば、遠くに行ける、東京に行ける、こんなクソみたいな地獄から解放される、ここよりずっとずっとまともな場所で暮らせる。  あと3年、2年、1年……あと3か月、2か月、1か月……あと3週間、2週間、1週間…… 「なぁ、もしよかったら一緒のグループ入る?」 「え……?」 「おい一樹、別に俺らだけでよくねぇか?」 「はい出た出た理玖ちゃんの人間不信ー、そういうの直さないと社会でやってけないでちゅよー」 「あ、あ、あの…私……」 「てかそれ、スマホケースのキャラ。『白鳥の王子様』のロダンだろ? 俺らもその漫画読んでてさー」 「へ…ししししし知ってるの⁉ このアニメもう終わって5年も経つからコミュとかスレが全然立たないし劇場版も地方でやんないからマジ地方民涙目だったんだけど!」 「わかるわー! 俺ら千葉だったからわざわざアキバ行かないとないんだもんなー! よし、グループ入り決定! な? 俺は西村 一樹、ほら理玖も」 「っす…南里 理玖」 「あ……えっと……す、鈴野 唯、です」  ほら、逃げることができた。信じてよかった。  だからね、私は今、目の前で傷ついてる大切な人に伝えたい。  私たちを信じて、私たちを逃げ場所にして、一緒に笑って生きて、と。

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