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snow drop 9

 約束の14時30分を過ぎたくらいで崇一が電器屋にやってきた。 「帆乃くん…! もー心配したよぉ!」 「しゃ、社長…」  崇一は人目を(はばか)らず帆乃に強く抱擁する。理玖は今すぐにでも崇一を引き剝がしてローキックを食らわせてやりたいところだったが、そんなことをすれば怪しまれるので拳を握って堪える。 「あとでハナにも元気な姿を見せてあげてね。ハナ心配しすぎて今朝もそわそわしてたんだからさー」 「は、はい…」 「あと南里くん…!」 「はい」  崇一は帆乃から離れると理玖に頭を下げた。 「本当に…本当にありがとう! 帆乃くんを助けてくれて」 「……当たり前のことをしただけです」  理玖はそう言うと崇一に「顔をあげてください」と促すが、崇一はずっと下を向いたままだった。 「香島さん?」 「ごめ……ほん、と……よかったぁって……」  崇一は仕事終わりでそのまま来たらしく、夏用のビジネスジャケットを羽織ったままだったのでその袖口で涙を拭う。 (そうか…この人は…帆乃くんの身の上をある程度知っているんだよな……)  崇一の涙は帆乃が抱えているものが予想できないほど残酷なのではないかと理玖に感じさせた。 「いい年、こいたおじさんが…泣いちゃって…あー…ごめんね」 「いえ」  崇一が落ち着いたところで理玖はリュックから帆乃の壊れたスマートフォンを差し出す。あまりにひどい状態だったので一樹がジッパー付きの保存袋に入れてくれていた。 「うわぁ……基盤まで出ちゃってる…こりゃ機種変だな」 「ですよね」  想像以上の破壊ぶりに崇一は眉間を寄せた。 「よし、帆乃くん。機種変するよ! で、どういう機種がいい?」  崇一は帆乃を連れてスマートフォンが陳列するエリアに行く。最新機種から少し型落ちしたものがズラリと並ぶが、帆乃は何がなんだか分からなくてキョロキョロするだけだった。 「南里くんのは去年末に出たやつだよねそれ」 「あ…まぁ、丁度発売時期に前のヤツがバッテリー壊れたんで。5年くらい変えてなかったし」 「へー、物持ちいいね」  理玖のスマートフォンを見て崇一は「いいなぁ」と言う。 「俺も変えたかったんだけどハナちゃんに怒られてさー」 「でも秋に新しいの出ますよね」 「だからそれは絶対に買うんだ!」 「香島さんってガジェット好きなんですね」 「まぁ今の仕事柄ね……で帆乃くん決まった?」  理玖との会話は帆乃に選ばせる時間を設けていたためらしいが、帆乃は急に尋ねられて焦ってしまう。 (えっと早く決めなきゃ…あ、理玖さんと同じのってこれかな……? 高っ!)  理玖のスマートフォンは新しい機種だったのでそこそこの値段を提示されていた。 (理玖さんと一緒のいいなぁって思ったけど…こんなの社長に悪いし…) 「え、帆乃くんは南里くんと同じ機種がいいの?」 「へ…! いや…で、でも…」  崇一に覗き込まれて帆乃は更に慌てふためく。そして理玖もあまりオススメしない、という顔をする。 「もうすぐ型落ちしちゃうし今買うと損だよ」 「俺…でも……」 「あ…もしかして南里くんとオソロにしちゃいたい?」  崇一に言い当てられて帆乃は顔を真っ赤にして驚いた。 (ど、どうしよう…! ここで肯定したら理玖さんのこと好きなのバレちゃう…普通じゃない恋、だから絶対バレたらダメなのに…!) 「2人がパートナーとしてそこまで仲良くなってくれたの嬉しいよ…よし、奮発しちゃうぞぉ」  崇一は帆乃の背中を軽く叩いて店員を探しに離れた。  恋人関係のことがバレてしまったのかと怯える帆乃に理玖は耳打ちした。 「香島さん、多分気付いてないと思うよ」 「え…そう、ですか?」 「パートナーってのはidとegoとしてのビジネス上の意味だと思うから。香島さんってこういうの鈍感そうだし」  さらっと失礼なことを言ってるので全面的に帆乃は肯定することはできなかったが、理玖を上目遣いで見つめて「えへへ」と安心して笑った。

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