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snow drop 13
ハードケースを開けると、出てきたのは、不思議な形をしたイヤホンだった。
「これって…」
「ちょっと前に耳の型を取ったでしょ? 帆乃くん専用のイヤホンを作ったんだよ。これからライブをするときに使うしね」
「……ライブ?」
帆乃はいまいちピンときてなくてイヤホンを見ながら首を傾げた。
「idでライブをするってことですか?」
理玖が訊ねると崇一は軽く頷いた。
「今度のアルバムリリース後にオンラインライブをすることが決まってるんだ」
「………はい?」
「え?」
帆乃と理玖は崇一に信じられないと言うような顔を向ける。華笑はおもしろくてクスクス笑う。
「お、俺…聞いてないです」
「だって言ったらやりたくないって言うでしょ?」
「そ、それは…」
「本当は今年の3月の時点でオンラインでライブをすることは決まっていたんだ。中継する会場はパシフィコ横浜の展示ホールA、そして全国の映画館でライブビューイング上映、自宅でのオンライン配信、全部ね」
崇一から出てくる言葉の規模が大きすぎて理玖は口が開きっぱなしで、帆乃は段々と顔が青くなる。
「舞台演出は小泉さんに、音響監督はロージー、そこでミーティングをしていくうちにidだけではステージングに不安要素が多々見つかって、そのピースを埋めるために南里くんの、egoという華のあるダンサーを起用させてもらった」
理玖は立ち尽くしてしまった。帆乃は「不安要素」というマイナスな言葉にハッとする。
「でも私から言わせりゃ、ego1人じゃ全然足りないので、゛turn up!”のMVで組む9人のダンサーチームでidを支えることになったの」
「先生…それはそれで地味にショックです」
華笑の歯に衣着せぬ意見に理玖は心が折れそうになった。
「帆乃くんを脅すようで悪いけど、こんなライブでも巨額の費用が掛かってるし、idの魅力を届けるために演者だけでも多くの人を動かしている。だから帆乃くんには、楽しくは勿論だけど、それと同時に覚悟を持って欲しい」
帆乃は涙をグッと堪え唇を噛む。しかし怖くなってイヤホンをギュッと握る。
「idは孤独に寄り添っている、実際に今まで孤独だった。けど、もう孤独だけを魅力にしない。帆乃くんだって、もう独りじゃないんだ。俺、ロージー、小泉さん、ハナ…それに、何よりもパートナーとしてegoが…南里くんがそばにいるだろう」
理玖は帆乃の肩をそっと抱き寄せる。帆乃は理玖を見上げて、微笑まれると一筋だけ涙を流して笑って頷いた。
「頑張らせてください。絶対、絶対に…成功させます」
(初めてだ…こんなに前向きに未来を考えて決意したこと……頑張らなきゃ…俺は、俺がやらなきゃ)
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