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snow drop 16
電車を乗り継ぎ、20分ほどで白金台駅に到着した。
自宅に帰る足取りは重かった。今すぐにでも引き返したかった。
(こんなに嫌だなって思うの初めてだ……理玖さんが、優しいから…今すぐ理玖さんのところに帰りたい……)
十数年歩いた道は下を向いていても体が覚えていて、迷うことなく自宅に辿り着いた。
(明かりがついてる……音がする……)
玄関をそっと開けて、バタンと音が鳴らないように静かに閉じる。
下を見ると、高級な革靴が揃えられていた。
そしてリビングの方からは愉快な笑い声が聞こえる。
「そうかそうか。史哉 が南里重工に受かったのか」
「まだ内定式まで何とも言えないよ、お父さん」
「史哉は英語が堪能だから、海外のインフラ事業に乗り出している会社には欲しい人材なんだろうな」
「俺なんてまだまだだよ」
(お父さん……家にいるんだ…)
帆乃は足音を立てないように階段を上がろうとする。しかしリビングのドアが開いて、帆乃は明かりに照らされた。
「あ……」
「ああ、帰ってたのか」
「………はい…」
「帆乃もこっちに来なさい」
帆乃は血の気が引いた。顔も青くなる。しかし父の言うことには逆らえない。
父の肩越しに見える、兄の史哉と母親の眼は恐怖だった。
帆乃はスクールバッグを持ったままリビングに入ると、ドアの近くで立ったまま震えた。
「そろそろ前期の中間考査じゃないのか?」
「………も、う……お、おわ…り……ま、した……」
「そうか。結果は期待してもいいんだな?」
「……………ご、め…ん……なさ……」
(今回は唯ちゃんに苦手な文系とか教えてもらって、手ごたえを少しだけ感じたんだ…けど、そんなこと言ったら……兄さんを傷付ける、よね)
父は高級なローテーブルに置いてたブランデーを手に取ってグラスを空にすると、そのグラスを帆乃にめがけて投げた。帆乃には当たらず、壁に当たってグラスは粉々になる。
「貴様ぁ…医大クラスなんぞに入れただけで満足してるのか? あぁ⁉」
「し……して、な……ぃ……」
「それともあれか? 医大クラスを選ばなかった史哉を馬鹿にしてるのか⁉ 貴様ごときが高校に通えているのは誰のおかげだ⁉ これ以上出しゃばるな! そして私に恥をかかせるな!」
帆乃は酔った父の罵声を受けることしかできなかった。涙は流れない、じっと耐えるだけ。
「ああ、お前さ、最近俺の大学の図書館にいるよな? あれ何してんの?」
史哉はソファに座ったまま面白がるように訊ねた。
「………べ、勉強……して…」
「あっれー? 俺大学の奴に聞いたんだけどさ、むさい高校生がぁ南里重工の御曹司に媚び売ってるって」
「へ……」
(南里、重工? 何それ?)
「お前、俺の邪魔でもしたいの? 弟が南里重工の血縁者と淫らな関係でしたーなんてことになったら俺の内定なくなるじゃん。それ分かってて近づいてんの?」
「そんな…そんなの……」
帆乃が必死に否定しようとしたら横から何かに強くぶたれて帆乃は吹っ飛ばされた。
横を見ると母が頑丈な布団たたきを持って帆乃に寄ってきていた。
「あんたはいつもいつも…お兄ちゃんに恥をかかせたいのかぁ!」
バシンッと大きな音がする。脇腹を叩かれた帆乃は「うぐっ」と唸る。その攻撃は何度も何度も続いた。
母が気のすむまで殴り終わると、今度は史哉が近寄って、帆乃の前髪を上に引っ張り耳元で囁いた。
「お前が南里 理玖に近づいてんの知ってんだからな……これ以上アイツに近づくんなら、アイツがどうなっても知らねーよ?」
帆乃はその悪魔のような言葉に「ひぃ」と悲鳴をあげてすぐに立ち上がると2階の自室に駆けこんでいった。
ドアを強く閉めると、薄暗い部屋に明かりもつけず、床に座り込んで呼吸を整えることに集中した。
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