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snow drop 17

「はぁ…はぁ……はぁ……」 (知らない…知らない! 俺は何も…理玖さんが、なんて? 南里重工の御曹司? 知らないよ…理玖さんは新宿のパチンコ屋でバイトしてて家賃以外全部バイト代で賄ってるって一樹くんと唯ちゃんも言ってたし……媚びを売る? 何それ? 俺は本当に理玖さんを好きになって、理玖さんも俺のこと好きって言ってくれて……あ…)  帆乃はスクールバッグからスマートフォンを取り出した。  機種も、ケースも理玖とお揃いにした。いっぱい手を繋いでくれた。いっぱい抱きしめてくれた。いっぱいキスをしてくれた。 「理玖…さん……」  史哉は言ったことが頭をよぎる。それは理玖に何かしらの危害を加える可能性を示唆している。  過去のことから史哉のそれは脅しではなく、予告であることを帆乃は知っている。 「やだ……やだよ………会いたいよ……理玖さん……っ」  ボロボロと涙が止まらなくなった。声に出してしまうくらいに理玖に会いたかったが、自分の命よりも大事な存在である理玖を守りたいという気持ちの方が大きくて、帆乃は哀しくなった。 (だけど…兄さんは本当に何かをする……俺のせいで理玖さんの人生が滅茶苦茶になるかもしれない……俺じゃなくて、理玖さんを狙う……俺は本当に……違う…元々俺が近づいていいような人じゃなかったのか……そうか…俺なんかが……) 「愛しちゃ…いけなかったんだ……」  涙は止まり、帆乃の瞳から光が消えた。また絶望しか見えなくなってしまった。  帆乃はバッグから゛snow drop”の歌詞を書いたルーズリーフを取り出すと、学習机に座り、デスクライトを照らして、ペン立てにあった添削用の赤い細字のマジックを手に取って、完成された歌詞の上に言葉を並べた。 (スノードロップの意味には…死、もあった……そうだ…俺は……元々そういう存在だから…)  項垂(うなだ)れる花弁(はなびら)は僕と同じだね  寒い日が好きなところもどこか似てるんだ  白くて綺麗なものは汚しちゃいけないって  子供の頃に叱られて 触れるのを躊躇(ためら)った  彩の花たちが咲き始めて賑やかになる景色に  相応しくない僕たちは そっと終わりを告げた  貴方の傷痕にそっと添えましょう  きっと綺麗なカケラになるでしょう  貴方の傷痕にそっと添えましょう  and I'll...disappear, like snowdrops  地面に落ちる雫は泪と同じだね  雨の日が素敵だと思えるところもあるんだ  誰かに踏まれて死んでしまうことがある  そっと手折られて 心臓が止まってしまった  枯葉で侘しいだけの孤独な景色が  お似合いと言われる同士は そっと心傷ついた  貴方の傷痕にそっと添えましょう  きっと綺麗なカケラになるでしょう  貴方の傷痕にそっと添えましょう  そうすれば そうすれば  貴方の傷痕にそっと添えましょう  きっと美しく旅立てるでしょう  僕も同じ場所に凶器を刺して  貴方と同じ場所に添えましょう  散った死は いつか 希望に煌めく  床に放ったままのスマートフォンは何度も鳴る。 「もう家に着いた?」 「俺は今やっと初台駅だよー。一人で歩くのマジしんどい。帆乃くんと一緒だとあっという間だったのにね(笑)」 「またあとで電話するね」  理玖からのメッセージを受信していると分かったが帆乃は何も感じないままスマートフォンを手に取ると、電源を切った。 「明日の準備……しなきゃ…」 (お風呂は朝入ったから、今日はいいや……もう寝よう……明日は早く出て…勉強しよ)

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