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衝動と慟哭 7
茗荷谷駅に着いて徒歩10分ほどでかなり広い敷地であろう大きな門が見えた。
「成堂大学付属北成堂男子高等学校」と立派なレリーフがかけられている。そして物々しく警備が何人も門の周りに立っている。
「……ねぇ、冷静に考えたら放課後って何時間先よ」
「早くても15時過ぎじゃね?」
「今何時よ」
「12時半」
「ここで待ってたら我々はどう見える?」
「不審者だな」
「よし、とりあえず…公園で待ちぼうけましょう」
帆乃は電話をきったあと個人面談の時に使われる指導室に入っていた。
学年主任と担任、そして教頭の3人対帆乃1人という図になっていた。
「橘、今どういう時期かわかっているか?」
「…………」
「お前たち受験生にとってはひとつひとつの行動が将来に影響するんだぞ。見ろ」
担任は1枚のプリントを出して帆乃に見せる。
それはメッセージアプリで突如投稿された帆乃の売春疑惑の文章と画像だった。
「こんなものがSNSで出回っていると先ほど連絡があってな……これは君で間違いないかな?」
(この画像って…理玖さんと俺……渋谷、かな…理玖さん眼鏡かけてて…)
「こ、これは…じ、自分…です……けど、その…こ、の……しゃ、写真、は…自分、が……カツアゲ、されそうに……なってた、とこ…を…」
「助けてもらった、ってことか?」
「……はい……」
帆乃は身の潔白をわかってもらいたく、顔を上げて返事をした。
「何故こんな遅くに制服のまま繁華街をうろついていた?」
「あ……」
また違う指摘を受けた。しかし今度は答えることができなかった。
この日、帆乃はマックスレーベルの事務所でアイドルショップで販売するトレーディングカードの撮影をしていたのだった。
idの活動は家族にはもちろん、学校にさえ秘密にしなければいけない。
(予備校…なんて言っても信じてもらえない……ど、どうしよう……idのことも言えない…)
帆乃は黙ることしかできず、下を向いてしまう。その態度に教師たちの帆乃への心証は悪くなっていく。
「ここで黙るということは、この投稿の内容は間違いがないと判断し、然るべき処分を与えることになるが……」
「しかし教頭、橘は…」
教師たちは帆乃を処分することを躊躇うような話を始めた。
帆乃は「やっぱり始まった」と思い、また椅子に座って教師たちの会話を聞かなかった。
(あの写真…どうして……兄さんにidのことバレてるのかな……この投稿元も捨てアカみたいだし、おそらく兄さんの仕業だと思う……でもどうして…俺は理玖さんと接触してないのに……こんな形で理玖さんと離れなきゃなのかな……)
閉じたままの唇を震わせて涙をこらえていると、職員室と直通しているドアから人が入ってきた。
「教頭先生、教育委員会からお電話が…」
「ああ、すぐに行きます」
教頭は一旦退室した。そして学年主任と担任は帆乃を見て大きくため息をついた。
「橘、君は5組の中でも非常に優秀な生徒だから先生だって信じたくない。けど黙ったまんまじゃ状況は益々悪くなっていくぞ」
「君は自分自身の立場を弁えている生徒だと思っていたのだが…お父様や優秀だったお兄さんの顔に泥を塗ってしまうだろうに」
心無い言葉は慣れていたはずのなのに、帆乃の心は傷ついていく。
(助けてもらえないのはいつものこと…俺の後ろにいる父親が怖い…いつだってみんなそうだから、助けてくれない、信じてくれない……理玖さんなら…)
理玖が無償の愛で救ってくれたから、心が痛いのだと、こんな時にも帆乃の頭の中では理玖の笑顔が浮かぶ。
数分し教頭が戻ってきた。
「橘、その投稿内容は嘘なんだな?」
教頭は席に戻りながら帆乃に訊ねる。帆乃は驚いた顔をしたが、すぐにしっかりとした口調で返す。
「はい、事実無根の内容です」
「ならいい。この投稿は悪質なデマであり、学校側から警察に被害届を出すことにした」
急な手のひら返しに帆乃は唖然としてしまった。そして頭の中は整理できないまま、指導室を追い出された。
しばらくドアの前に立っていたら教頭と学年主任が言い合っている声が聞こえる。
「教頭先生、どういうことですか?」
「教育委員会からそういうお達しがあったんだ。仕方ないだろう」
「じゃあこの投稿のことを保護者に追及されたらどうするんですか」
「こちらは被害者だ、マスコミにもそのようにして流す。それに投稿は既に削除されているそうだ」
(どういうこと……兄さんが拡散される前にそんなことするわけないのに…)
するとポケットに入れていたスマートフォンのバイブレーションが震えた。
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