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衝動と慟哭 13

「まだしばらくかかると思うよ。今日は顔合わせして早速MVの振り入れが始まるからね。またidが歌った完成版では違うものになるだろうけど…」  先日、こっそり一樹と入った細長い見学室に入る。大音量のファンクロックサウンドが防音扉の向こうからも漏れていて、見学室のスピーカーにも響く。 「わあ…」  帆乃たちのいる見学室側のミラーを正面にしており、Tシャツとジャージを着た理玖をセンターに男女様々な格好をしたダンサーチームの、初回の振り入れとは思えない完成度と迫力に3人は圧倒された。  仮歌の声はロージーが歌っているらしく、発声されるファルセットが美しい。ファンク独特のシャウトもあり、帆乃の心拍数が上がる。 『さぁ ステージへ 向かおうか』  サビ入り前、理玖は正面に挑発するような目線で向かいにいた華笑の手を取ってダンサーの円の中心へ呑み込んだ。  その理玖の目と指先までの仕草が艶っぽく、帆乃は思わずあの夜の情事の感触まで見えてしまった。 「よーし! 一旦休憩ぇー」  華笑がそう言うと、金髪のお団子頭(シニヨン)の女性が再生プレーヤーを止めて、綺麗に円を描いていたダンサーたちは散り散りになる。  帆乃たちの目の前にいた理玖は、帆乃たちに向かってくるようにそのミラーにへばり、バーを支えにしゃがみ込む。かなりの疲労が窺えるくらい汗だくで息があがっていた。 「あーあーあーだらしねーなアイツ」 「一番ヨユーそうだったのにねりっくん」 「いや、南里くんが一番追い込まれるんじゃないかな」  笑う2人に対して崇一はにこやかに、だけど真剣にスタジオを見つめながら理由を説明する。 「南里くん以外のダンサーは華笑のコネクションで集まった現役のプロダンサーたちだからね。インストラクターとして人に教える立場の人もいれば振付師(コレオグラファー)でアイドルやアーティストを指導する人もいるし、バックダンサーとしてメジャー歌手のステージを支えてる人もいる……そんな中で南里くんは18歳の国際コンクールを最後に表舞台からは遠ざかっていたんだ。体力も衰えてると彼が一番感じてるだろうね」  そう言われて2人は改めてしゃがみ込む理玖を見つめた。まだ息が整っておらず、下を向いている様子だった。そんな理玖にヘアバンドを巻いた男性ダンサーが近づき理玖にドリンクを差し出す。  1枚の鏡越しなので声は聞こえる。 「南里ちゃん大丈夫?」 「はぁ…あざす……これ超ハードっすよ」 「確かにハナさんとナノハさん、すんごいコレオ組んだよなー…南里ちゃんって一般レッスン生だったんでしょ? 素人さんにこれは酷だよ」  ヘアバンドの男性はプロなんだろう。その人が酷だというのだから理玖の疲労は冗談じゃないのだと分かる。  理玖はゆっくり呼吸しながらゆっくりドリンクを飲んだ。 「一朗太(いちろうた)さん、最初のAメロのとこのステップ、教えてください」 「そうだね。やっぱバレエやってたから流れるような振りは美しいけど、ピタッと止まるとこはいまいちだけど…ま、慣れだよ」  ヘアバンドの男性に励まされた理玖はすぐに立ち上がって向かい側のダンサーが集まっているところへ歩いて行った。  理玖の背中を見ながら帆乃は圧倒された。 「理玖さんがこんなに…苦戦するんですか?」 「そうだよ。南里くんはバレエやジャズダンスは得意だけど、今回の曲だけじゃなくて今度のライブにはヒップホップだったりロックダンスだったりの要素があるからまるで動きが違うんだよ」 「なんか…ビックリです……理玖さんって何でも踊れるって思ってたから」 「帆乃くんだって何でも最初からできたわけじゃないよね? みんな一緒だよ」  崇一は帆乃の柔らかい髪の毛を撫でた。帆乃が仮歌の「turn up!」を聞き不安になっている、それを感じ取っていたのだった。

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