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衝動と慟哭 14

 午後6時半を過ぎても理玖は練習を続けていた。 「帆乃くん、今日はどうするの? …帰宅できる?」  崇一はこの状況が普通じゃないと予想し、帆乃に訊ねた。しかし帆乃は俯いて黙ってしまう。 「んー……今日は南里くんにご厄介になったら? その様子じゃ学校抜け出したんでしょ?」 「あ……」  やはり崇一には全て見透かされてしまうので帆乃は上手いこと隠すことはできない。 「さすがに…大学の近所をうろついてたらヤバいだろうし、南里くんの家の前まで送るよ」 「社長、どうして…」 「それは君たちが俺にとって、ビジネスの面でも、それ以外でも大切な存在だからだよ」  一樹と唯は崇一も2人のことを知っているとみて驚く。そして一連の会話からも今日帆乃の身に何が起こったのかも知ってる口ぶりであるようで一樹は訊ねた。 「あの社長さん……知ってるんですか? その、今日何かあったって」 「帆乃くんとidのネット上のトラブルに関してはその都度きちんと把握しているつもりだ。それで帆乃くんがどういう行動をとったのかも考えれば簡単で、帆乃くんの学校が午後1時で終わるわけないのにメッセージが送られてきたし……ってこと。そして…」  崇一は持っていたビジネスバッグから書類を取り出した。 「会社として出るとこ出るよ。帆乃くんの正体は世間に隠しているけど、法律的に橘 帆乃は正式に契約している…冷たい言い方をすれば商品だからね。これ普通にネットリンチだしプライバシー保護法にも抵触する立派な犯罪だ。それで俺の優雅な午後は潰れました!」  最近idのリリースに向けて崇一は休みなく働いている。本当に今日は少しの休息日だったのだろうがそれを犠牲にしてでも帆乃を守ったのだろう。 「まあ、どっかのハッカーが先手先手に出て情報を揉み消して、かつ教育委員会に訴えを起こしたみたいだけど。犯人の目星も…大体ついてるから今日は帆乃くんを家に帰すのは危険だとは思ってた……君たちも同じ考えじゃない?」  一樹は頷き、唯は崇一をキラキラした目線で見つめる。 「しゅごい………idの社長さんのidへの愛が尊い……ああああああ健気な天才シンガー総受けで慈愛に満ちた社長と一途なダンサーの3Pもありぃぃぃぃいいい!」 「えっと……何となく言ってることはわかったよ、ありがとう」 「わかったんだ」  唯が顔を両手で隠して勝手に悶える。 「はーい、サビのとこ流してやるよー。円になってー」  華笑が呼びかけてダンサーたちは位置に移動し始めた。華笑は円の中心に立っている。  帆乃はダンスの練習をまた見つめる。 「帆乃くん、今ハナが立ってるダンサーの中心に君が立つんだよ」 「え」 「そう、ちゃんと見ていて」  サビの手前から音楽が鳴る。帆乃の目の前には理玖の背中があった。  『turn up!』というフレーズと同時にダンサーが一糸乱れず同じ方向にターンをして頭を下げる。すると花が開花して花柱が目立つように華笑が笑ってリズムをとっている。  次の『turn up!』でダンサーの並びはターンしながらidを中心にした扇状になる。華笑は口パクで『ここから ヤツが お出まし お出ましだ』と歌いながら目の前の誰かを挑発する。  最後の『turn up!』でegoをセンターにダンサーが三角形のような並びになり、『警報は叩き割る』でegoが低い体勢でムーブし、華笑の前に立つと華笑が前に出てきて、理玖の顎を掴んで艶っぽく『狂うように さぁ』と誘惑するような演技をする。 (華笑さんの演技…すごい……あれを俺が……) 「できない、じゃなくて、やってもらうからね」  横で笑う崇一の笑顔が本気だったので妙に怖くて帆乃は「はい…」と弱々しく返事した。

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