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衝動と慟哭 15
ダンス練習が終わったのは午後7時だった。
「南里くん、お疲れ」
「あ、香島さん……と何でお前らいるんだよ」
スタジオから出てきた理玖は崇一に気が付いて挨拶したが、すぐ後ろにいる唯と一樹を見ると嫌そうな顔をする。だが直後に思い出して一樹の胸倉を掴む。
「マジで何でここにいんの⁉ 帆乃くんどうなったんだよ! 『俺に任せろ』とか大口叩いといて音沙汰無しってどういうことだゴラァ!」
「まぁまぁ、連絡がないのは無事って証拠で」
「無事だろうが駄目だろうが連絡しろよ!」
あまりに理玖が凄んでくるので「忘れてた」とは口が裂けても言えなかった。
「そもそも何でお前ら2人だけここにいて帆乃くんいないの⁉ あっさり帰したの⁉ え、馬鹿なの⁉」
「そのセリフ、まんまりっくんに返してやんよ。ほれ」
唯は呆れたように言うと自分の隣にいた帆乃を理玖の目の前に差し出した。
「あ……り、理玖さん……」
「え」
「……その………髪、切って……似合いませんか?」
帆乃の変貌ぶりに理玖の思考がフリーズした。
「理玖さん?」
「……………だめ」
「ふえ?」
「だめだめだめ! こんなのダメ!」
「やっぱり似合ってないで」
「帆乃くんはどんな髪でも似合ってるけどこれじゃ帆乃くんが綺麗で可愛いのがみんなにバレるからダメなの!」
理玖はすぐに帆乃を隠すように自分の腕に収める。
「はい出た独占欲ソクバッキー」
「とんだメンヘラ発言じゃねーか」
「…あれ? 南里くんってこんなキャラだったっけ?」
たった2日で慣れた唯と一樹は冷静に突っ込むが、見慣れない崇一はただただ驚くしかない。
「り、理玖さん…みんないます……」
「やだ! 今はそんなん関係ないから!」
「へ…」
理玖は帆乃の肩に顔を埋めて呟いた。
「会いたかったよ……死ぬほど心配した………」
震える理玖の声を聴くと帆乃は理玖を抱きしめた。
「ごめんなさい……理玖さん……」
「帆乃くんが…無事でよかった……」
「理玖さん……俺、理玖さんが大好きです……いっぱいいっぱい、大好きです…」
「俺もだよ……帆乃くん」
理玖は帆乃の軽やかになった髪をくしゃりと掴んでもっと帆乃を引き寄せる。
そんな2人の抱擁を見て、崇一はホッとしたように笑う。
「帆乃くん、もうこれは必要ないね」
崇一の手には赤ペンで殴り書きにされてるルーズリーフがあった。崇一はそれをビリビリと破く。
それを見た帆乃はにこりと笑う。
バンッ
「痛っ!」
帆乃と抱き合っていたら後頭部を何かではたかれて理玖は帆乃を離して振り向いた。
「理玖」
「………何でしょうか、ナノハさん」
「これ、今日帰ってから毎日やんなさい」
理玖を叩いたのは金髪のお団子頭の女性だった。彼女は理玖にB5サイズのプリントを渡す。
「………これ、やりすぎじゃ…筋肉固まる気が…」
「柔軟と筋膜リリースを徹底すれば問題ない。いい? あんた今日でわかったでしょ? 圧倒的にスタミナが足りないって」
金髪の女性に対して理玖はかなり萎縮している。その様子に帆乃だけでなく唯と一樹もビビってしまう。
「まだ原宿のムラスポ開いてるからランニングシューズとか買って今夜からやんなさい。いいわね?」
「はい」
「まさか家にマットないとか言わないわよね?」
「ありますあります! さすがにあります! 柔軟は日課なのであります!」
一樹は崇一に耳打ちして訊いた。
「あのぉ…あの人は誰ですか?」
「ああ、彼女は崎元 ナノハさん。普段はここの系列のキッズバレエスタジオの責任者兼指導者をしてるよ。あ、南里くんとは昔『眠れる森の美女』で王子様とお姫様をやったんだよね」
「え゛」
(え………眠れる森の美女のお姫様と王子様って)
「あ、あとそこの子」
「え」
ナノハが突然帆乃に近づいてくる。帆乃はその迫力で体に力が入る。
しかしナノハはどこからかスプレーを取り出してそれを帆乃に吹きかけた。ふわっと甘い花の香りがする。
「シャワーも浴びてない汗だくのムサ男に抱きつかれたでしょ? かなり臭ってたわよ。とりあえず応急処置しといたけど、臭かったら奥のシャワー室使ってね」
「あ……ありがとう、ございます?」
ナノハはフッと優しく笑うとその場を後にした。
あまりの衝撃的な行動にショックを受けた理玖に一樹はそばにより、肩を叩いた。
「あれが例の…オーロラ姫?」
「ああ」
「ま、そのなんだ……臭いのは事実だが、な? 頑張れよ」
理玖は悔しさと悲しさが込み上げてきて「今からムラスポ行くぞ!」と叫んで宣言した。
シャワーを浴びに去って行く理玖の背中を見ながら帆乃の胸はザワザワしはじめていた。
(あの人が……理玖さんの………)
「………理玖さん…」
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