お湯を張り直した湯船にまったりと浸かったあと、理玖はぐちゃぐちゃになったシーツを整えてそこに帆乃を休ませた。 「今度からバスタオル敷いてからエッチしよ。片付け楽だわ」 「ごめんなさい…俺があんなワガママ言ったから…」 「だーめだよ、中に出したら帆乃くんがお腹壊しちゃうんだから」 （とか言って誘いに乗った俺も大概だけど） 　理玖は床に座ってハンディマッサージャーで筋肉をほぐしながら帆乃を見ていた。 「あと、ちゃんと言い過ぎたし言ってなかったこともあったから帆乃くんを不安にさせちゃったんだよね…ごめんね」 　理玖は帆乃の髪の毛を優しく撫でる。その手つきは心地が良かった。 「確かにナノハさんは俺の初キスの人だけど、昨日言った通り、役に入り込み過ぎてーの恋だったからマジでノーカンだよ……てか今日も見たでしょ？　俺への仕打ち」 「…何が、ですか？」 「帆乃くん、何かかけられてたでしょ？」 「あ…なんかすごくいい匂いがするスプレーを…」 （それのどこが仕打ち…あ） 　理玖の顔はゲテモノに遭遇した時のようになっている。 「マジでバレエ嫌いになりかけたくらいにスパルタなのあの人…今日も久しぶりに会って開口一番に『何でそんな締まりのない顔してんの？　死相の方がまだマシね』って言われてさ…」 　秀逸すぎる悪口に帆乃も苦笑いを浮かべるしかなかった。 「そんでターンをすれば腕が落ちた、素人以下、そんなんでセンターやれると思ってんの？　って罵詈雑言を浴びてさ…今日マジで帆乃くんいなかったら俺病んでたわ」 　ハンディマッサージャーを止めると、今度はヨガマットを敷いて柔軟を始める。帆乃は理玖のタオルケットを掛け布団にすると、理玖の匂いを嗅ぐ。 「理玖さんは……今はエッチな匂いがします…」 「へ⁉」 「あの入浴剤がそういう…感じの匂いだったから……だけど、いつもは優しくてふわふわして…安心できる…いい匂いがします」 　帆乃はタオルケットで顔を半分隠して「ふふっ」と笑う。 「ほーのーくーん…そんな可愛いことばっか言うと、今日一緒に寝てあげらんないよー」 「う……それは、ヤ、です」 　帆乃の表情はコロコロと変わる。今度は不貞腐れたように頬を膨らます。 　理玖は笑いながらも柔軟運動を続ける。帆乃は理玖の動きを見て考える。 （理玖さんって、筋肉はがっちりなのに動きと身体は軟らかくて……ずっとこうして努力してたんだろうな……こんな凄い人と一緒に、ステージに立っていいのかな…） 「理玖さん…」 「ん？」 「俺の声って…小さい、というか…やっぱ足りないですよね」 「帆乃くんって歌を習ったりしてないんでしょ？　未経験であんだけ出せりゃ上出来だけど、確かにボイトレ行ったりした方が声の幅も広がるとは思う、かな？」 「………そう、ですか…」 　不安が一つ消えると、また新しい悩みが生まれて不安になる。そんな毎日が初めてで、帆乃は嬉しかったが、怖くもあった。 （一歩、踏み出すことって…憧れてたのに、今はこんなに怖い…） 　理玖が腰をひねって帆乃に背を向けた瞬間に、帆乃は大好きな匂いをいっぱい嗅ぎながら眠りについた。 （けど…理玖さんが、きっと……）