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番外① 学生の本分
「やっばい…」
「あー………」
「もう頭回らん」
先週末は色々ありずぎて授業とか勉強どころじゃなく、理玖に至ってはMV撮影とその先のライブに向けて本当に勉強どころではないのであるが、無情にも時間は迫ってくる。
夏休み前の試験は7月になるとすぐに始まるが、3年生、しかも文系となるとレポートや論文の提出が成績に反映される科目もあり、心理学科の3人は理玖の家に集まってパソコンを開いて項垂 れていた。
「あー…帆乃くんに会いたーい」
「土曜まで我慢せい」
「俺が勉強できないのは帆乃くん不足なんだよきっと。帆乃くんいればこんな論文すぐ終わらすことできるわ」
「もういいから黙ってくれ」
帆乃はネットリンチに遭った日以降、崇一と華笑が保護をしたがすぐに家族が引き取りにきたようだった。
それを聞いてから理玖は毎日のように連絡をとっては帆乃の無事を確認していた。
橘 史哉は大人しくしてるみたいだったが、彼の逆鱗に触れたらどうなるかと思い知らされた理玖は慎重に行動するようになった。
帆乃は土日で行われるアルバムのレコーディングに向け、それまでの期間はロージーに志願してボイストレーニングを始め、忙しくしているようだった。理玖もダンスレッスンと身体作りは一層厳しくなっている。
要約すればお互い次の目標の為に会う時間は限られてしまっている。3日くらいひっきりなしにずーっと一緒にいてイチャイチャしてたものだから帆乃が足りなくなっていた。
「そろそろ帆乃くんから電話来てもいいはずだけどなー」
「もう現実逃避やめれ、我々大学生の本分は勉学にあり」
「そうだそうだ。とっととタイピングをする!」
無意味に冷えピタをおでこに貼る唯と一樹はバッキバキの目でパソコンとにらめっこをする。理玖も大きな溜息を吐いて論文を再開しようとしたとき、理玖の願いは通じた。
スマートフォンが鳴る。帆乃からのビデオ通話だった。
「もしもし! 帆乃くん!」
「あ、理玖さん…ふふ、お疲れ様です」
なんだか帆乃がおかしそうに笑っていた。
「理玖さん、ほっぺたに落書きしました?」
「へ?」
「なんか…肉って書いてますけど」
理玖はすぐに洗面所に走った。その隙に唯と一樹が帆乃との通話を奪い取る。
「帆乃たーん! 助けてプリーズ!」
「帆乃くんマジで俺らピンチなの!」
「ど、どうしたんですか……冷えピタって…熱出ちゃったんですか?」
「もう頭が…頭が…いだだだだだだだだ!」
気配のないまま背後から唯は側頭部を両こぶしでグリグリされる。
「このクソ眼鏡ぇ! 何だよ肉って!」
「いだぁああい! 勉強中に寝てるりっくんが悪いんだぁあああ!」
「おい、理玖…帆乃くんちょっと引いてるから」
画面越しの帆乃はちょっとどころかかなり引いていた。
「どうしちゃったんですか…みなさん…」
「んーとね、前期の試験の論文を書いてる最中、ってとこかな。帆乃くんがいなくなってからずーっとピリピリしてるよ、特に理玖が」
「大学生って大変なんですね……」
「そういえば帆乃くんはどうだった? 先週試験だったんでしょ?」
一樹が心配そうに尋ねると、理玖と唯も喧嘩をやめて帆乃が映る画面を見る。
「そうよそうよ、帆乃たん付属の頭良いとこなんでしょ? 私らみたいな底辺大学生と毎日会ってて大丈夫だったの?」
「それは俺も気がかりだったよ。帆乃くんにとって大事な時期なのに…」
「あ……あの…今日はそのことで相談があったんです。理玖さんたちって文系だし…」
帆乃は不安そうな顔をしながら切り出した。
「英語と現代文がちょっと下がってしまったんです。数学と科学が良かったら総合はまあまあだったんですけど…」
「へー……で、どんくらい下がったの?」
英語が得意な理玖は力になれそうだったので2人を押しのけて帆乃に訊ねた。
「リーディング英語が89点で…リスニングが41点でした……」
大学生3人は固まった。
「リスニングって、満点100だっけ?」
「いえ、50です……学年初めの定期考査だと47点だったから下がってしまって」
大学生3人は固まった。
「あ…げ、現代文って難しくないよぉー! どうだったの?」
今度は国語が得意な唯が前のめりになる。
「現代文は…最後の小論文があまりよくなくて、91点になっちゃいました」
「……小論文の配点っていくつなん?」
「えっと……10点で……5点減点されました。あとはケアレスミスというか…」
大学生3人は固まった。
しばらくの沈黙ののち、理玖が口を開いた。
「帆乃くんは、そのままで十分だよ…」
「え……」
「ミスしたところを見直して、何度も復習すれば大丈夫だよ」
アドバイスが小学校教諭のコピペだ。というかそれしか言うことがなかった。
そして3人は帆乃に比べてあまりの次元の低いことで苦しんでいる年長者の自分たちが恥ずかしくなっていた。
「あの、理玖さん…」
「ん?」
「テスト勉強、頑張ってください……それと、テスト終わるまでは、理玖さんのおうち行くの、遠慮します」
「え゛」
帆乃からの突然の宣告に理玖だけでなく唯と一樹も顔を上げてしまう。
「理玖さん、egoも…俺の為に頑張ってくれてるけど、理玖さんは学生だし、大学生なんて試験はもっと難しいのに…俺のせいで勉強の時間が減っちゃうのは駄目だと思うんです」
帆乃のド正論優等生意見が出て理玖のライフがどんどん削られていく。
「俺、きっと理玖さんに甘えちゃって邪魔しちゃうから…テスト頑張ってください。テスト終わったら、お邪魔します」
帆乃の癒しスマイルと同時に出てきた死刑宣告のような発言に理玖は白目を剥いて気を失った。そして帆乃は理玖の為に「もう切りますね」と名残惜しそうに通話を終了した。その途端、理玖は泡を吹いて倒れてしまった。
「帆乃たん……ある意味殺しにかかったわ…」
「おーい、理玖ー…戻ってこーい。とりあえず試験乗り越えねーと帆乃くんマジで来ないぞー」
「りっくーん! おーい! 死ぬなぁ! まだ帆乃たんとエッチ1回しかしてないでしょー?」
「にかいしかしてない…」
「してんのかい!」
「まだ帆乃たんに【自主規制】や【自主規制】や【自主規制】してないでしょー? 死ねないでしょー?」
「い、いきる…」
理玖はあと2週間弱、生き残れるか⁉
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