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番外⑦ 俺たちの黒歴史⁉

 大学が夏休みなってから、理玖と唯は地元や実家に帰らずいつも通りの生活を繰り返していたが、一樹は千葉県の実家と東京の自宅を行ったり来たりしている。  今日は帆乃も週末なので理玖の家に泊まりにきていた。 「よしよしよし…」 「あー! てめ、シニガミ付けてんじゃねぇよ!」 「オホホホホホ! これこそまさに戦略!」 「理玖さん…だ、大丈夫ですよ、3が出たらカードマスなので…」  理玖の部屋で唯と帆乃と理玖は夕飯を食べたあと『金太郎電車6』というゲームで盛り上がっていた。  そろそろ2年目の決算、というタイミングで玄関の鍵が解錠し、ドアが開いた。 「金電(きんでん)やってんのかよー、いいなー」  少し大きめのリュックを背負った一樹が我が家のように部屋にあがってくる。 「あ、カズキングおかえりー」 「一樹くん、お帰りなさい」 「いや帆乃くん、ここ俺んチだからね」 「まぁまぁ堅いこと言うなって。今日は手ぶらじゃねーんだってば」  一樹がベッドに腰掛けようとしたのを理玖はすかさず蹴りで阻止し、仕方なく一樹は床に座った。理玖はずっと座布団の上で座っていた帆乃をベッドに座らせる。  そうして落ち着いたところで一樹はリュックから1枚のCDケースを取り出した。 「いやぁ、カドマツたちと飲んでさー、これの存在を思い出してよぉ、帆乃くんに見せてやろうと思ってさ」 「カドマツたちが? どうせロクでもねぇ」 「俺たちの高校最後の文化祭だよ。火曜サスペンス風ロミオとジュリエット」  理玖はすぐに一樹の側頭部をぶん殴る。 「てめぇ! 帰れ! マジで帰れ!」 「いやいやいや、南里さん。これは帆乃くんのお前への愛が本物か確かめる為に持ってきた俺の親切心ですよ」 「100%(ひゃくパー)面白がってんだろうが」 「俺が人生で1番の親友にそんな非道なことをするものか」 「散々してきてんだよ!」 「え、なになに? りっくんたちの話が見えない」  置いて行かれている唯は割って入り説明を求める。 「ほら、こいつって一応イケメンに分類されるからモテるわけじゃん? だが、この文化祭を境に女の子からの告白やアピールがゼロになった。つまり晴れて俺たちの仲間入りしたんだよ。女子曰く、100年の恋も冷める、ってレベルらしい」 「よし、今すぐ見よう」  唯は一樹からパスされたディスクを理玖から死守し、ゲームのディスクを出し、素早くDVDを挿入する。理玖は一樹と、一樹に頼まれた帆乃と2人がかりで押さえつけられていた。 「100歩譲って鈴野は見ていいけどなぁ…帆乃くんは絶対見ちゃ駄目だから!」 「え、で…でも…」 「お前は眠っとけ!」  一樹はどこからか出した液体の入った小瓶を理玖の口に突っ込んで、液体を呑み込ませた。すると理玖はふらふらしながらベッドに倒れこんだ。 「ふえ…⁉ り、理玖さん!」 「大丈夫だよ帆乃くん、ただのパリピ酒だから」 「ぱ、ぱりぴ……?」  安心だと言われても帆乃は心配になって理玖の手を取って、理玖を呼びかけた。理玖はむにゃむにゃとしながら時折うなされていたが無事ではあったらしい。  そうしている間に映像が再生された。 「続きまして、3年4組によります『火曜サスペンス劇場・ロミオとジュリエット』です」  司会進行の人がそういうと、ステージの幕が上がり、何故か赤いタンクトップと白のホットパンツを穿いて、頭に赤い鉢巻を巻いた3人の男子が並んでいた。  そして音楽が鳴った。『仮面舞踏会』だった。 「いや確かに仮面舞踏会だけれども!」 「昭和アイドルの偏見もすごいよな今見たら」  前座らしい茶番が終わると、ステージが明転し、チュチュを着たバレリーナが出てくる。 「この、アズちゃんって子と理玖がバレエしてたから、ロミジュリできるんじゃね? って感じで決まったんだよな。最初は白鳥の湖で志〇けんやろうとしたらアズちゃんが激怒してよぉ」 「文化祭の出し物案が珍妙すぎるのよ」  理玖と一樹のいたクラスの風紀がこの数分で唯と帆乃は何となく察した。それなら理玖のバックボーンや才能を理由に妬み嫉みもおこらないとも思ったのであった。  ♪テテテッテテテッテーテー 「そこで急に火サス鳴るな!」  唯は突っ込まずにいられない。いつの間にか、ステージの上手に、1人だけタイツで100均のパーティーグッズのような仮面を付けた背の高い男子が立っていた。  その背の高い男子がアズちゃん演じるジュリエットと数秒見つめ合って消えると、アズちゃんはセンターでスポットライトを浴びて演技をする。 「あの方は…モンタギュー家のロミオ様……ああ…私の運命の人だと、思ったのに」  アズちゃんの演技は完璧であった。悲しむジュリエットに唯も引き込まれそうになっている。 「アズちゃんは高校時代に演劇部に入ってて、全国大会とかも出てたからな」 「へー、アンタらのクラスって多彩な人多いわね。りっくんはバレエで、ハッカーもいて、女優さんもいるの」 (すごいなぁ…漫画に出てきそうなクラスだなぁ)  帆乃は自分の横で倒れて眠る理玖の髪の毛を撫でながら、時々理玖を見る。  仮面舞踏会後、すぐに有名なあのシーンが始まった。 「フェンスってこれ…」 「低予算のため体育館のパイプ椅子」 「もうちょっと何かあっただろ!」  上手のパイプ椅子越しでジュリエットは下手を見つめる。見つめた先には理玖が演じるロミオが美しく立っていた。  画面越しの数年前の理玖に帆乃も思わず見とれて顔が赤くなる。 「ああロミオ……あなたはどうしてロミオなの。ロミオ、お父様と縁を切り家督を捨てて…それが無理なら、せめて…せめて私を愛すると…誓って。そうすれば、私もこの名を捨てるわ」  アズちゃんの演技力はすごく、誰もが引き込まれている。そしてやっとロミオが初めて声を出す。 「ダマッテモット、キ、キイテイヨウカ…それとモ、声、カケヨウカ」  ビックリするほどの棒読みだった。そして甘噛みだった。会場内の空気も凍ったことが画面越しでよくわかる。 * * *  それからジュリエットとロミオがこっそり結婚式をあげると、いきなり船〇さんと片〇さんが出てきて、ロミオがジュリエットのいとこを刺し殺した容疑で逮捕状を突きつけられて2人は引き裂かれる。 「ロミオー!ロミオぉぉ!」 「じゅりえっとー」  火サスのエンディングが流れて泣きそうになるシーンのはずなのに、ロミオの棒読みがひどすぎて会場はざわついていた。棒読み以外の動きや所作が完璧なだけに棒読みが酷く目立つ。 「いやこれ…え、え?」  さすがの唯でさえ言葉を失った。 「バレエってさ、表現力とか演技力も問われるって言われないっけ? 芸術ってそういうもんじゃん? 女子の方はちゃんと演技上手いのに…ええ……」 「な? 帆乃くんも分かったでしょ。南里理玖って人間は才能を全てバレエ、ダンスに全振りした男なの……あれ、帆乃くん?」 「………理玖さん、カッコいいです…」  帆乃の盲目加減は計算外であった。  いよいよクライマックス、ロミオが自死し悲観したジュリエットが後を追う。そして何故か後半から主役になっている船〇さんも大活躍。 「ジュリエット、俺はー…ぐあー」  棒読みなのに動きは繊細で滑らかで完璧で、ロミオは見かけだけ美しく死んだ。 「ロミオー! 貴様…なんてことを…っ!」  船〇さん役、実はめちゃくちゃ演技上手かった。  そして最後、ジュリエットも自害すると火サスのエンディングが再び流れ、船〇さんが悔しくて膝から崩れた。まさにサスペンス悲劇が完結した。  暗転してエンディングがフェードアウトすると、また『仮面舞踏会』が流れ、それに合わせてさっき死んだロミジュリが2人でバレエを踊り、その後ろからキャストたち、そして最初の茶番で出てきた昭和アイドル3人組がディスコのように踊る。  全て終わると唯は「カオス」と呟いた。  帆乃はキラキラした目で画面と理玖を交互に見ていたのであった。 * * *  パリピ酒の呪い()から目を覚ました理玖は絶望に打ちひしがれていた。 「なんであんなクソ動画持ってくんだよ。ディスク割れよ」 「りっくんはディスク割りたくなるわな。てかみんな棒読みは知ってるんでしょ? なんで脇役にしなかったの?」 「理玖がエキストラなんかできるか? あの少し前にプロのバレエ団と対等にやり合ったんだぞ。そんなのが通行人Aとかやべぇじゃん。それに理玖も色々あってバレエが消化不良だった時期で、なんでもいいから踊りたかったみてぇだし」  一樹の説明で唯も帆乃も納得した。そして帆乃は隣に座る理玖の肩に頭をもたげ、腕を控えめに掴んだ。 「理玖さんって昔から、ずっとカッコいいんですね…」  帆乃には失望されてないことがわかって理玖の怒りは収まっているようで、帆乃の頭を撫でて帆乃の額にキスをした。 「俺は…高校の文化祭って……何もしてないから、なんか理玖さんたちが少し羨ましいなって」 「そう?」 「はい…」  帆乃が少し寂しそうに下を向いていると、唯が帆乃に近づいて、帆乃の膝に顔を乗せ帆乃を見上げた。 「帆乃たん! ライブ終わったらみんなで遊園地とか、どっか遊び行こうよ!」 「遊び…」 「こんな黒歴史文化祭なんか比じゃないくらいに楽しすぎる思い出を、これから一緒に作ろうよ! ね?」 「これから…」 「鈴野もたまにはいいこと言うじゃん」 「りっくーん…あ、さっきこの棒読みロミオ、ゼミのグループメッセージに送ったわ」  唯の言葉で理玖は時が止まった。そしてローテーブルにあったスマートフォンを手に取ると、新着メッセージがどんどん受信されている。 「前言撤回! てめぇらマジで帰れ!」  夏休み明けのゼミが怖くなった理玖であった。

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