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真夏の逃亡 1
8月10日、idの初めてのCDアルバム「自我と本能」がリリースされた。
1曲目の「turn up!」は今までのidでは想像できない賑やかな曲調で先行公開されたミュージックビデオも大勢のバックダンサーを従えた豪華な作り、そしてidが躍動する演出にファンは驚いた。
2曲目はidが初めて世に出た「僕の声は」、デビューはあまり知られてなかったがここ数か月で改めて注目されたidの世界を確立した曲である。孤独に寄り添う歌詞が再度評価されている。
3曲目「陰陽」はidがブレークしたきっかけの曲で、ミュージックビデオの再生数も再び伸びている。ミステリアスな美しさが人々の想像を掻き立て、絶望を歌う声は哀しく聞こえる。
そして4曲目の「衝動と慟哭」は一転してハードロック調のサウンドにidの叫びが心を震わせる。作詞はidでなくダンサーのegoなのだが、まるでidの心の怒りがそのまま表現されたような言葉が並べられており、idとegoが一心同体を感じさせられる。
そのegoが初めてidとタッグを組んだ5曲目の「sky high」、idが初めて作詞をした曲は今までのid像を崩すことがなく、だが飾らない素直な心と空模様が多くの共感を呼んだ。
6曲目の「stray child」の淡々としたポエトリーリーディングは、idの美しい声と高い技術がさらに際立っていた。そして綴られる言葉は思春期と失望が詰まっており、ミュージックビデオの再生数はidの曲でナンバー1になっている。
最後の曲「snow drop」は発売されるやいなや、ファンたちの中で「最高のラブソング」と称賛された。
そんな感想の書き込みや、店頭特典の交換希望のやりとりなんかであふれたSNSの世界、サブカルチャーのネットアイドルが瞬く間に浸透していく。
サブスクリプションのチャートでも即日1位から5位をidが独占する。
「神かよ…」
「てか何で俺んチで聴いてんだよ、帰れよ」
日付は変わり8月11日の午前0時すぎ、バイトから帰ってシャワーを浴びてから理玖の家に入ってidのアルバムを聴いていた唯は目を輝かせてヘッドホンを取った。
「神だわこのアルバム…全部神曲」
「なぁ聞いてっか? 帰れよ」
「だって暇なんだもーん」
「俺は明日はライブのリハで朝8時集合なんだけど」
そろそろ寝たい理玖は唯を追い出したい。
「ライブが来週の金曜かー…idのガチ勢の顔とか層を見たいわー」
唯は一樹と一緒に新宿の映画館のライブビューイングチケットを取っているらしい。
ついでに先行販売されたidのオフィシャルグッズ(ペンライトとタオル)は既にゲットしている。
「これで自主制作 なんだもんね。成功したら帆乃たんメジャーデビューしちゃうんじゃね?」
「さぁな」
idの人気は確かなものになっている。
そのせいで、事務所の周辺にファンやidの正体を探ろうとするマスコミが張り付き、理玖と帆乃は合流できない日々が続き、理玖はナノハが運営するバレエスタジオで、帆乃はロージーの自宅スタジオでそれぞれ練習をしていた。
毎日ビデオ通話はしているが、もう2週間以上2人は会っていない。
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