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真夏の逃亡 3

「先週も帆乃たんに会えてないんだっけ?」 「まぁ、しゃーないよな。毎日連絡はしてる、今のとこ家で何かあった感じはなさそう」  崇一の指示によって2人は会うこともしていない。だから明日のリハーサルはかなり久しぶりに1日中一緒にいれる日になる。 「りっくんはさー、この1ヵ月でシュッとしたよね」 「まぁな。おかげで変な筋肉つきそうになってるけど」  もうすぐ迎えるライブに向けて理玖はパチンコ店のアルバイトを休み、毎日トレーニングとレッスンに励んでいた。  毎日毎日踊ったおかげで、今まで縁がなかったヒップホップやロックといった他ジャンルのダンスもプロと並ぶくらいのレベルまでの技術が身についた。 「レッスンが鬼すぎて帆乃くん不足の深刻さはあんまないけど…やっぱ明日1日いれるの超楽しみだわー…」 「ニヤつくなニヤつくな。あー、顔がキモいことになってるから!」  歌詞カードの美青年のegoと目の前にいるニヤつき男を見比べて唯はため息をついた。 「そういや、あれから橘も全く会わないけど……帆乃たんが大丈夫なら、大丈夫なのかな…」  1番の心配事を唯が口にすると、理玖は「あー」とぬるい返事をする。 「内定先が南里重工(あんなところ)なんだし、学校どころじゃねーと思うぞ。昔ながらの体育会系のノリとか、嫌な体質は残ってて、内定式前からそれに耐えないと出世できないって言われてるし」 「うーわ、超大手ゼネコンうぜー。りっくんチが普通なのマジで不思議だわ」 「俺んチは親父がちゃんとしてる……と思う。あんま話したことねーけど」 「え……それ触れちゃいけない系?」  唯は一樹から「理玖は家の話はあまりしたがらない」と聞いていたので踏み込み過ぎたと思い引こうとした。 (もう、鈴野も俺にとっては大事な奴だし、知って欲しいってとこもあるな)  唯の態度を察し、理玖は少しため息を吐いて話をする。 「俺んチの親父は、南里重工の子会社経営なんだけど…本社や本家の縁者からはかなり異質で煙たがられてんだよ。優しすぎっつーの? 本社でドロップアウトした人間を拾って独立して、拾った人の中にはかなり優秀な人もいたから業績は子会社の中で頭一つ出てるってことで、本家に行くたびに嫌味っぽく言われてたりしてさ…社員を守って散々な目にも遭ってきたのを俺も見てたし……だから南里って名前が嫌になったことは何度もあるしな」 「うん」 「親父は俺のそういう考えを知ってたから、無理に経営学を選択させようとしなかったし、なんなら心理学を勧めたのも親父だし……今になってその意味は少しずつ理解してきた」 「あれ? りっくん手堅く就職する為に進学したんじゃないの?」  3年になり卒業後の進路の話題は嫌でも出てくる機会は多かった。理玖はいつも手堅くサラリーマンになりたいと周囲に零していた。 「手堅く就職するなら経済とか行くだろフツー」 「あ、そっか……で、何でお父さんは心理学を勧めたのよ」 「……人間の心を知れってことだと思う。お前も見た『眠れる森の美女』をさ、親父観に来てたらしくて……もっと人物の心情を理解すれば、お前は最高の表現者になれるって…俺、バレエ辞めるって言ったんだけど、親父は俺に未練があったのを見抜いてたっぽい」  理玖は唯が持ってた歌詞カードを取って、「sky high」のページを開いた。 「俺は最初、この意味を”空高く”で解釈してたんだけど、本番前に帆乃くんから”傲慢”って教えてもらって、それで帆乃くんの当時の気持ちが凄い理解できた。それがダンスにも反映されたし、心理学を選択させてくれたことを感謝した」  そして「snow drop」のページを開いて微笑んでしまう。 「表現者としても、帆乃くんの恋人としても……役に立ったよな」 「…idとegoってさ、心理学用語じゃん。りっくんと帆乃たんの運命って、りっくんが心理学を選択したところから始まったんじゃね? だとしたらりっくんのお父さんキューピッドじゃん」 「それはない。俺の親父は預言者か」 「預言者パパかっけーじゃん」  そして理玖が手にしてた歌詞カードを奪い返し、唯も「snow drop」の歌詞を眺めた。 「帆乃たん、根は素直で明るい子で…傷ついた分、何百倍も人に優しいよね。”sky high”からは想像できないもん…りっくんへのラブレターなんてね。本当にりっくんが大好きなんだね」  「snow drop」の歌詞のページに添えられた写真は、やっと出会ったidとegoが見つめ合ってる場面。顔は隠れていてもidが幸せに満ちていることが伝わる。 「そういえばお父さんとあんま話したことないって、どういうこと?」  唯は理玖の話から親子間に不和があるとは思えず訊いた。 「あー…それは大学生になってからって意味な。俺の大学入学と姉貴が起業したタイミングで両親は仕事の関係でベトナムに長期滞在することになっただけ。あと3,4年はかかるっぽいけど」 「へー…なんかさ、ありがとね」  唯は理玖の方を向いて照れながら笑う。 「カズキングから聞いてたからさ色々…りっくんがここまで話してくれたってことは、私はりっくんにとって大事な人ってことなんだよね?」  図星であったが答えたくなくて、理玖は唯の頭頂部にチョップを落とした。 「いたーい! 暴力反対!」 「うるせぇ! つーか俺明日早いんだからとっとと帰れよ!」 「あと1本だけ飲んだら帰るわ」  唯はビールのプルタブを勢いよく開けた瞬間にまた理玖にどつかれた。 「帰れって言ってんだろーが!」

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