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真夏の逃亡 8
オープニングは森の中という設定で、背景映像は神秘的な森の中、自然の木々や川のせせらぎ、鳥や虫の声のから徐々に色がついた音楽になる。
ロージーがライブのために作ったトラックであった。
民族音楽のような妖しさから始まり、ピアノの旋律が乗るとegoの影がポツンと映る。ピアノのメロディーに合わせてegoのコンテンポラリーダンスが始まった。
華笑は見ていて身震いしてしまう。
自分の知る理玖のダンスとは比べ物にならないほどに進化をしていた。指先、手足のしなり具合、表情、どれも知らない理玖で、高尚な芸術品を目にしているようだった。
(この2週間はナノちゃんにレッスンを任せてたけど……何したのよナノちゃんっ! あんなの、国際コンクールのバリエーションすら超えてるじゃない!)
一息の間、すぐにベースが鳴るとegoが中央に立ち、それを先頭としたフォーメーションを作りながらダンサーが登場する。ドラムが響いて賑やかしいサウンドになると息の合ったダンスを始める。
全員がプロなので当たり前だがその迫力は凄まじかった。
終盤、激しさがピークになっても尚美しく揃ったダンス、最後はegoを中心に決めたらば、”陰陽”のイントロが流れ、ダンサーが中心から端に移動し、最後にegoが中心を避けるとidが登場する。
そこに、idがいた。
理玖が初めて見た、idがそこにいた。
暗い陰を落として、ただ世界に失望してしまった虚しさを纏ったidがいた。
歌う帆乃を見ながら理玖は思い出していた。
(初めて見たときのid……美しいのか、感動なのか、全部わからない気持ちになって、だけど引き込まれていって……で、トレカ買っちまったんだよな)
演出で、idとegoが見つめ合うと、理玖はidの瞳を見て泣きそうになる。
(あのトレカと同じ瞳 ……鈴野たちに「これガチじゃん」とか笑われたっけ…俺、もしかしなくてもあの時から、帆乃くんが好きだったかもな)
サビが終わり、idの目が伏せられた。そしてegoもそっぽを向いてフェードアウトする。
ハケながら理玖はトレカのことを思い出した。
「あ……」
(さっきの帆乃くんの目…下の向き方、トレカ買った日にファミレスでぶつかった子と同じ…)
__あ、すんません
__………ご、ごめん、なさ…い
理玖は自分の右肩にそっと触れ、帆乃の方を見ると愛しく呟いた。
「帆乃くん…」
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