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真夏の逃亡 19
「冷めないうちに召し上がれ」
明人がそう言うと理玖は「いただきまーす」と言って遠慮なく目の前の料理にがっついた。
理玖がこんなにも無邪気にご飯を頬張る姿は初めて見る帆乃は少し目を丸くする。
「本当にあんたは明人くんの料理好きよね」
「義兄さんの料理マジでプロ級だし。帆乃くんも食べて食べて」
理玖は帆乃にサラダとタンドリーチキンを取り分けて明人の手料理を勧める。「いただきます」と帆乃は言って一口食べた。
「お、美味しい……すごく…」
理玖の言う通り明人の手料理はプロ顔負けのレベルだった。美味しくて箸はどんどん進む。
「ありがとう。久しぶりに手の込んだ料理をしたからね、帆乃くんのお口に合って良かったよ」
明人は白ワインのコルクを開けて自分と奏楽のグラスに注ぐとようやく腰を落ち着けた。
「義兄さん、ずっと忙しいの?」
「んー、変わらず忙しいね。できたら交番勤務に戻りたいけどねぇ」
明人は警察官、しかも現在は警視庁の本庁に勤めている。最近昇進試験に合格してエリート街道を歩いているらしい。そんな義兄を理玖は誇らしく感じていた。
「姉貴の旦那は義兄さんしか無理だわ」
理玖の心の声が漏れ出ると向かいにいた奏楽が理玖の額目掛けてワインのコルクを投げて命中させた。
4人は楽しく会話をしながら明人の手料理を平らげた。
今日は特別に体力を消耗した2人の腹も心も満たされた。
「美味かったー! 俺この為だけに実家帰ってんだもんなー」
「とか言って年末年始もバイト三昧で帰ってこなかったくせに」
奏楽は呆れたようにワインを飲みながら言う。
(理玖さん、都内にこんな立派なご実家があるのに学費と家賃の半分だけ実家の支援でそれ以外は全部バイトで賄ってるんだよね……勉強もegoも忙しいはずなのに……すごいなぁ)
「帆乃くん、いっぱい食べてくれてありがとう」
明人が優しく声をかけてくる。
「あ、あの…とても美味しかったです。ご馳走様でした」
帆乃は綻んだ笑顔で明人に礼を言う。明人はにこりと笑うと食器を片し始めた。
「そういえば理玖のベッドシーツは取り換えたんだけど、来客用の布団がなくてね、帆乃くんはゲストルームで寝て貰うでいいかな?」
「え…えっと、あの…」
帆乃は「今日はもう帰ります」と言おうと呼吸をしたら、ほろ酔い状態の奏楽が愉快に笑って帆乃の言葉を遮断する。
「やっだー明人くーん! この子ら恋人同士なんだし同じベッドでいいわよー! 理玖のベッドでっかいしさー!」
奏楽のぶっちゃけに帆乃は顔を真っ赤にする。理玖は慌てて立ち上がり奏楽に詰め寄る。
「姉貴! 義兄さんになんてこと言うんだよ!」
「隠したって無駄無駄! 21の男なんて性欲サルだし、あんたがプラトニックな恋愛できるわけないじゃない」
「流石に実家で手ぇ出すか! まーじ最悪…義兄さんになんて思われたか…」
「そういうことならそれでいいんじゃないか?」
「義兄さん⁉」
理玖は驚いて明人を見る。明人はあっさりとしていて穏やかに笑うだけであった。
「枕も2つあったしな。帆乃くんもそれで大丈夫かな?」
「ふへ……えっと、その……お、俺は、か、構いません…けど…」
「じゃあそうしよう。理玖、あとで部屋に案内してあげてね」
明人が同性同士とかそういうのを気にしないタイプだったことに理玖はホッとしていた。
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