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真夏の逃亡 24
夜なのに蝉がうるさくて、理玖は目を覚ました。
常夜灯に照らされる自分の腕の中で眠る帆乃の顔を見て小さく笑うと、帆乃を起こさないようにそっと腕を抜いて、部屋から出る。少しの痺れが愛おしい。
リビングではまだ奏楽と明人が起きているようで理玖は静かに階段を下りる。
「姉貴」
「あ? 理玖、どしたの?」
奏楽と明人はソファに座って大きなテレビで海外ドラマを見ていたらしい。
明人はすぐに立ち上がりキッチンに向かう。
「ビール飲むか?」
「うん」
理玖は静かにローテーブルの近くに行くと、ちょこんと床に座る。
「なぁ、姉貴…」
「ん?」
「姉貴って…南里の本社と繋がりあったり、する?」
理玖が意を決したように出した言葉に奏楽は固まった。ほろ酔いで崩れていた表情も急に怖くなる。
「一応子会社の子会社で社外取締役だけど、あんたが想像するより薄いわよ」
「…あの会社も、今はコンプラや、なんかそういう事に敏感だったりすんの?」
「そりゃこのご時世だしね。それなりにはあるんじゃない? 大層な顧問弁護士なんかいるようだし」
「もし、内定者から犯罪行為を犯した人間がいたらどうなる?」
「たとえ軽犯罪だとしても内定取り消しになるでしょ……急にどうしたの?」
理玖の只ならぬ雰囲気に明人はビールを注いだグラスを持って来ると理玖の隣に寄り添う。
「何か、あったのか?」
「義兄さん…犯罪の揉み消しなんて現実であり得るのか?」
「うーん……俺は目の当たりにしたことないけど、あるんじゃないかな? けど今はネットの発達でそういうことは難しいと思う。警察が立件できなくても世の中が、ね?」
「………国会議員の、国交省副大臣の橘……家族で次男を虐待してる」
突然出てきた大物政治家の名前に明人と奏楽は言葉を失う。
「帆乃くん…なんだ……帆乃くん、2ヶ月前にうちの大学の中で殴られて倒れたところを俺や一樹たちで保護したんだ。目撃した人の証言から加害者は…帆乃くんの兄だった。俺らも世話になった先輩だったから最初は信じられなかったけど……」
理玖にとってもつらい出来事だった。だから伝える言葉がまとまらずに、ちぐはぐなのだが、2人は耳を傾ける。
「俺は……俺はどうなってもいいから、帆乃くんを守りたい。けど実際俺は何もできない。今までだって、何度も俺のそばに逃げて貰った……これって誘拐で捕まってもおかしくないんだ。だけど、だけど俺は…っ」
「理玖」
奏楽が凛とした声を出すと、自分のグラスに残っていたワインを飲み干してソファから立ち上がった。
「あんたが守るのよ、帆乃くんも、idも」
理玖は奏楽を下から見上げて、奏楽のオーラに負けそうになる。奏楽は理玖と目線を合わすと、理玖のほっぺを抓る。
「可愛い愚弟の頼み、私は受けたわ」
「俺も。警察のいる意味が試されるね」
理玖は「ありがとう」と震えながら頭を下げた。
翌朝、蝉が一層うるさい朝だった。
「帆乃!」と叫ぶ愛しい声に向かって走り出し、帆乃はその手を取って走った。
「理玖さん!」と必死に向かってくるその手を引いて、理玖は全力で走った。
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