164 / 175

真夏の逃亡 25

 朝食を平らげた帆乃と理玖は準備を済ませて早々と家を出ることにした。 「まだ8時じゃなーい」  奏楽はまだまだ帆乃と一緒の居たくて不満げにそう言った。 「とっとと自分の家に帰りてぇの」 「どーせ昨夜はお楽しみができなかっただけでしょ、このヘタレ」 「なっ⁉」  理玖は図星を突かれて眉をひそめる。帆乃は恥ずかしくなって顔を真っ赤にして理玖のシャツの裾を掴む。 「じゃあな! お邪魔しました!」  理玖が怒りながら玄関のドアを開けると、数メートル先の門の前に高級そうな黒のセダン車が停車していた。 「姉貴、何か車停まってる。お客さんでも来てんじゃねぇの?」 「はぁ? 何でよ。今の時間とか非常識だしアポもないわよ」  奏楽はテキトーなサンダルを履いて外に出る。すると車から2人のスーツ姿の男性が降りてきて、それを見るなり帆乃の顔がみるみる青くなる。 「帆乃くん?」  帆乃の異変に明人がいち早く気が付き、明人も緊張した面持ちになり一旦部屋へ戻る。  理玖は帆乃を守るようにそっと抱きしめた。  1人の男性が後部座席のドアを開けて、そこから出てきた人物の顔を見て奏楽と理玖は驚くしかなかった。 「朝早くから失礼。お宅に私の愚息が厄介になっていると聞きましてね」  ジャケットの襟に金色の議員バッジ、テレビや新聞、ニュースで見たことのある人物。  奏楽は唾を呑みこむと、スッと姿勢を正して、その男と向き合った。 (姉貴…?) 「初めまして。このような恰好で申し訳ございません。(たちばな) 建史(タケフミ)先生」  社交の場に慣れている奏楽の言葉遣いと作り笑顔はさすがだった。理玖は黙って奏楽に任せることにし、口をつぐむ。 「失礼ですが、先生のお言葉を訂正させていただきますわ」  丁度戻ってきた明人と帆乃を守る理玖は「え」と不安な表情をして奏楽の背中を見る。 「先生の仰る“愚息”はここにはおりません。私が招きましたのは、ご立派で聡明なご子息様です。厄介などとんでもない。約束もなしに待ち伏せされる殿方の方がよっぽど厄介者ですわ」  丁寧で上品な言い回しだが、その辺のヤンキーは怯むくらいに奏楽が激怒していることを感じ取った理玖と明人は身震いする。 「奏楽の中では、帆乃くんはもう家族と同じくらい大切なんだろうね」  明人が優しく呟く。その声と言葉に帆乃は涙が出そうになる。  一方、外では、奏楽に反論された橘という男は顔を引きつらせ徐々に怒りを露わにする。 「南里の方にお褒めに預かり恐縮です。しかし、いつまでもそちらにいるのは御迷惑でしょう………おい! そこにいるんだろ! 出て来い!」  怒声は明らかに帆乃に向けられた。  帆乃は瞳の色を失い、ガタガタと震えながらも理玖を押して、歩き出してしまった。 「帆乃くん…っ」  理玖は帆乃を行かせまいと手を伸ばして掴もうとするが。 「大丈夫ですっ!」  帆乃が拒むように大きな声をあげた。 「ありがとう、ございました…」  帆乃は早足で、橘 建史、帆乃の父の元へ向かう。  父が帆乃の華奢な手首を掴んだ時、理玖の中で「プツンッ」と何かが切れた。

ともだちにシェアしよう!