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真夏の逃亡 32

「うっわー、カドマツまじで鬼すぎじゃん」  6時過ぎにカドマツは落ち込んでいる理玖と帆乃を引っ張り出し「(ワン)ちゃん飯店」通称「ワンハン」という町中華屋に連れて行った。予約をしてたらしく、奥の6畳の個室に上がると一樹と2人の男女が先に飲み食いをしていた。  理玖と帆乃のあまりのローテンションが気になり一樹は事情を訊ねて、カドマツの所業にドン引きしてしまったのである。 「理玖はいいとして、こんな幼気な高校生まで…血も涙もないのかしら」  濃いめのハイボールをジョッキでガバガバと呑みながら青いショートカットの女性はカドマツを非難する。 「……てかどちら様ですか?」 「どちら様って、お前……アズちゃんの顔覚えてねぇの? 成人式いたろ?」 「俺成人式ココじゃねーから出てねぇし。てか、アズちゃんんんんん⁉」  理玖の中での「アズちゃん」はセミロングの黒髪で清廉潔白のような美しい見た目だった高校時代で止まっており、今目の前にいるロックな外見の女性がそれと同一だという事実に頭が真っ白になる。 「何で⁉ お、おま、お前、短大行って幼稚園だか保育園だかの先生になりますとか言ってたじゃんか」 「今は幼児向けダンススクールのインストラクターやってんだー」 「どうやら短大でヒップホップにハマったらしい」 「お前と一緒でダンスは続けてんだからあんま変わってねぇって」 「180度変わってるから! 俺こんなアズちゃん知らねぇもん! 一樹、お前知ってたのか⁉」  一樹は頻繁に帰省をしていたので高校周りの近況などを理玖は伝え聞いてた。 「アズちゃんって見た目はバレエやってるお嬢だったけど中身はこんなもんだったし、いちいち大学デビューなんか話さねぇって」 「これはやべぇ変化だろ! 面白すぎるだろ! 教えろよ!」 「つーか喚いてないで座れよ。後ろの子も困ってんだろ」  一樹と理玖の無駄な掛け合いが始まる寸前で、奥に座っていた坊主でサイドに剃り込みを入れたヤンチャそうな男性が至極全うなことをビシっと言い放ち、理玖は帆乃を自分の隣になるように座らせると、アズちゃんと坊主の男性が下座に代わり、勝手に理玖と帆乃の飲み物を注文した。 「いきなり驚かせてごめんね。私はアズマって言います。文化祭のビデオ見てくれたんだよね? あれのジュリエットやってたの私ー」  帆乃は「初めまして」と小声で挨拶しながら目が点になっていた。演技もバレエも素敵だった女子生徒(アズちゃん)のビフォーアフターの差に驚くしかない。 「俺はソネって言います。文化祭では船〇さんやってたのは俺な」  つまりこの2人は理玖の棒演技をカバーしてくれたコンビであった。船〇さんはあまり顔が変わってなかったので何故か帆乃は安心してしまった。 「ソネちん、今何してんの? そんな一昔前の剃り込み入れて大丈夫なのか?」 「俺まだ大学だけど、カドマツの兄ちゃんとこでバイトしてる」 「カドマツの兄ちゃんってイベント会社だっけ?」 「そうそう。だからその繋がりでアズちゃんともよく会うんだよな」 「へー、なんかいいなー」  言い合いしてたのにいつの間にか理玖も輪に馴染んでワイワイと会話を始めた。  その光景を眺めながら帆乃は少しだけ寂しそうに微笑んだ。その表情を一樹は見逃さなかったが、ビールで喉を潤しながら見守る。 (理玖さん…俺と違って、こんなにキラキラした楽しい、本当に輝いていたんだ…いいなぁ……)  帆乃はそっと理玖のシャツの裾を掴んだ。

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