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真夏の逃亡 33

 シャツを掴まれた感覚に気が付いた理玖は、掴む帆乃の手をそっと包んで指を絡ませた。  それと同時に2人の分のビールとサイダーが運ばれてきて、慣れたようにアズちゃんが配ってくれる。帆乃の手を握ってない方でジョッキを持った理玖は、ゴクゴクと勢いよく飲む。 「いつまで手ぇ掴んでんだよ」  その違和感に気が付いたカドマツが呆れたように突っ込むので帆乃は慌てて手を離した。すると理玖はその手を帆乃の肩に回して抱き寄せる。 「こっちは何日もお預け喰らってんだよ。それをネチネチネチネチ邪魔しやがって楽しいか?」  理玖がそう反論すれば「コイツのねちっこい嫌味は昔からじゃん」とソネちんが謎のフォローをする。おそらく、板挟みになっている帆乃を気遣っているのだろう。  それに不貞腐れたカドマツが聞こえるように舌打ちをし、いつの間にか手にしてたコーラを飲むと帆乃は肩をビクッと震わせた。  しかし、萎縮しつつも夕方のカドマツとの会話を思い出す。 (甘えてばかりの、この状況に…甘えちゃいけない……)  ギュッと拳を握ると意を決して呼吸をし声を絞り出す。 「ご、めんなさい……理玖さん、門田さんまで…巻き込んでしまって……一樹くんも、唯ちゃんも……本当に……」 (泣いちゃ、駄目だ…) 「お、俺が、どうして……こう、なったのか……」 (ちゃんと、打ち明けないと…) 「俺の父は……衆議院議員の、橘 建史です。テレビとかニュースでも結構出てて…」  帆乃が初めて自らの口で話した身の上に、一樹とアズちゃんとソネちんは驚いて声が出ない。 「父、と…母と、兄がいます……お、俺は…子どもの頃、から……ずっと…3人に、暴力とか罵声…とか……そういうの…を、ずっとされてて………ここ」  帆乃は肩と胸の辺りに手を当ててその場所を指した。 「兄に薬品、浴びせられて…治療も、してなくて…ケロイドみたいに、残ったりして……隠せるとこは全部アザを作ったことあるし……治らないのもあるし……そんなの、ずっとされて……それでも、そういうことされる俺が全部、全部悪いって信じてて……」  一樹と理玖は橘 史哉()を知っているので怒りがこみあげてくる。 「小さい頃に、夜…父に殴られて、怖くて逃げて……交番に駆け込んで……お巡りさんが助けてくれたけど……そのお巡りさん、すぐいなくなってて………あとから、父が俺への虐待を隠蔽する為に手を回したって……もう、助けて貰えないんだって、諦め、ました……」  泣かないように、と声の震えが止まらない帆乃に理玖は何度も制止しようとするが、カドマツがその理玖を制すように理玖の肩を掴む。 「俺が全部悪い、から……被害を受けてるとか、恥ずかしくて、言えなくて…誰にも、言えなくて……ずっと、言えなくて……ごめんなさい……助けてくれて…ありがとう、ございました……」  やっと言えた解放感から帆乃は理玖に飛びついて押さえてた感情を爆発させた。子どもみたいに泣きじゃくる姿にアズちゃんも涙を流す。一樹も帆乃の傍に行き、背中をさすって「頑張ったよ」と優しく声をかけた。 「それと、そいつ逃がして正解だったぜ」  カドマツがスマートフォンをいじりながらぶっきら棒にそう言うと、帆乃以外はカドマツの方を見た。 「視線に入ったら殴るような対象の息子にGPSかけてまで追跡するとか普通にあり得ねぇからちょーっと色々調べたんだが、橘が次の内閣改造で入閣してぇから、スキモノの有力者に見てくれが美人でウブだと思ってる息子(そいつ)を差し出すつもりだったらしいぜ。ついでに兄貴伝いで理玖が邪魔だったから、南里を誘拐罪か何かで脅すつもりでわざわざ奏楽さんの前に現れたんだろうな。予想するに奏楽さんと旦那のが一枚上手だったんだろうが」 「はぁ⁉ カドマツそれマジかよ!」 「証拠もあるしな」  そう言ってスマートフォンの画面を一樹と理玖に向けてどんどんスワイプしていく。中には淫猥な動画もあり、理玖は帆乃の目を塞いだ。 「相変わらずハッキング能力やべぇだろ…」  ソネちんは感心と呆れが混ざった複雑な反応をする。アズちゃんはドン引きして涙も引っ込んだ。 「一応これ奏楽さんと香島社長には連絡済みだから。あと知り合いの週刊誌の編集者にもな」 「どういうコネだよマジで」  カドマツが益々パワーアップしている状況を体感し理玖は顔が引きつる。

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