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真夏の逃亡 34

「てことで、お前らが都内に戻るのは危険すぎるので、ライブの前日までは此処で過ごせってこと。理玖の練習場所はアズちゃんの教室が夜貸してくれるってよ」 「マジ⁉」  理玖が驚くとアズちゃんは鼻声で「そうよぉ」と声を出す。 「その代わりだけど、夕方からのダンス教室のスタッフが足りなくてさぁ、それ手伝ってよね」 「それは勿論……てか教室って、高校の近くのあそこか?」 「そ。ダンススタジオとかあそこしかないじゃん」  理玖はスタジオの場所に覚えがあったのですぐに理解した。元は古い道場だったのをリフォームして作られたスタジオで理玖が高校時代からまあまあ栄えており、夕方の帰り道の風景を思い出して懐かしくなる。  理玖の腕の中で泣きじゃくっていた帆乃も落ち着いてきて、だがまだ理玖からは離れがたく抱き着いたままで理玖もそれを受け入れていた。その姿にソネちんも違和感満載だったが一樹が目配せして突っ込むのを我慢する。  アズちゃんは全てを察したようで、理玖の帆乃に対する溺愛振りをないものとして平常運転を続ける。 「俺は明後日また東京戻るけど、お前んチ見といたほうがいいか?」 「あー…頼んだ。はぁ…マジで家賃……」 「財閥の御曹司とは思えねぇ発言だなオイ」 「2人が住んでるアパートって家賃高いの?」 「学生アパートだし、23区外だし駅からまあまあ距離あるし…で、5万ちょい」 「理玖なんか実家から通えんじゃねーの?」 「やだよ、義兄さんはともかく姉貴と暮らすとか。てか姉貴と親父に自立しろーって追い出されたし」 「近距離なのに実家に寄り付かねぇとか逆にすげぇよ」 「てか実家だったら恋人連れ込むとか絶対できねぇもんな、ビビりだし」  カドマツに痛いところ、というか図星を突かれて理玖は「あああああ!」と無意味に騒ぐ。 「え、何? 昨日実家に一緒に泊まったのに、手ぇ出せなかったんですかー?」  解っているくせに白々しく揶揄うカドマツに理玖は「やめろ!」と慌てて止めようとする。 「お前…リハーサルの後は帆乃くんと久しぶりに会ってヤる気満々だったじゃ、うごぉっ⁉」  一樹のトンデモ発言(事実)が飛び出して理玖は帆乃の耳を塞いで足で一樹の急所を攻撃した。 「いやぁ…バレエ以外は相変わらずポンコツで安心したよ私」  アズちゃんはほっこりしながらハイボールをお代りする。 「ま、まぁ、心を開ける相手が見つかって何より…」  理玖の人間不信、彼女が続かない時期しか見てないソネちんは理玖の変化を前向きに捉えることにした。大人である。

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