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第5話

 バレンタイン当日、ライは普段と変わらない様子で、事務所まで希望を迎えにきていた。  ここ数日の希望は静かだった。普段も鬱陶しいが、一ヶ月前からの希望はさらに驚くほど鬱陶しかった。  それなのに、ここ数日は静かにしている。    とはいえ、ライには関係ないことなので、こうして迎えに来てやっていた。      待合室前の廊下までくると、ちょうど部屋から出てきたアキに会った。    アキは希望をこの上なく大事にしている。  だから、いつもはライを見ると「希望くんをいじめたら許さない!」とでも抗議するように、睨む。ライにとっては小動物の威嚇のようなもので、鼻で笑って終わらせていた。    けれど、今日は違った。 「あ……」  アキはライを見ると少し戸惑ったように、目を逸らした。  それから、少し気まずそうに、ライを見つめる。 「お、怒らないであげて……」 「は?」  アキはそれだけ言うと、待合室の扉を開けて、ライに道を譲った。  不審に思いながらも、ライは中に入る。入りながら、視線をアキから、中にいるはずの希望へと向けた。    そこでまず目に入ったのは、岩を抱えた希望だった。    希望は俯き加減で、眉を寄せていた。不満そうに唇を尖らせて、ヘソを曲げていることがよく分かる。そのあたりは、いつもの希望の範疇に入っている。  いつもと違うのは、やはり大きな岩を大事そうに抱えているところだろう。茶色い、ごつごつとした岩だった。岩は透明なビニール袋に入っている。  袋には『業務用チョコ10㎏』と印字されていた。    ライはそこでようやく、希望が抱えているものは岩ではなく、チョコだと気づいた。    視線をずらすと、希望の少し後ろに、希望のマネージャーの青年を見つけた。  マネージャーの優は、ライの視線が自分に向いたのに気づいて、ハッ! と顔を上げた。そして、両手を顔の前でぎゅっと組んで、ライを見つめる。 『どうか、怒らないであげてください……!』  と懇願しているようだった。    ライは再び希望へと視線を戻した。  希望はずっと俯き気味で、ライと目を合わせようとしない。  いつものように「ライさん♡」と微笑まないし、駆け寄ってこない。  ただ、唇をぎゅうっと固く結んで尖らせ、不満であることを主張している。 「……」 「……」  しばらく希望を眺めていたライだったが、やはり希望はライを見ようとしなかった。  仕方なく、視線を逸らして踵を返し、出口へ向かう。ライが一歩進むと、希望も一歩動いた。  振り向いてみると、希望は相変わらず俯いていて、ライが立ち止まると同じように止まった。なるほど、そういう感じか、と理解して、ライは歩き出した。  希望が一定の距離を保ちつつ、ライの後を追ってくる。どうやら一緒に帰る気はあるらしい。  時折、じっとりとした視線を背中に感じて振り向くが、希望は思いっきりそっぽを向いた。      ……いい度胸だなこいつ。      呆れたようにため息をつき、ライはそのまま歩き出した。

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