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第8話

 希望がしょんぼり、うとうと、と待っていると、目の前でカタンッと音が響いてびくっと身体を震わせる。  顔を上げると、ライがテーブルにマグカップを置いていた。  希望が首を傾げて、ライを見つめる。ライはマグカップを希望の前まで移動させて、受け取るようにと視線で促した。  希望がおそるおそるマグカップの中を覗き込むと、ふわりと湯気が甘く香った。 「……?」  覗き込んだだけで受け取ろうとしない希望を見かねて、ライはマグカップを再度手にとって、希望に差し出した。  思わず両手で包み込むように受け取ると、暖かく、甘い香りがより強く鼻孔を擽る。先ほどまで同じ匂いに包まれて作業していたはずなのに、なんだかほっとした。 「……ホットチョコ……?」  希望が首を傾げるが、ライは答えない。じっと希望を見つめたまま「早く飲め」と目が言っている。  その視線に促されて、希望はマグカップに口をつけた。少し熱くて、ふぅ、ふぅ、と息を吹きかける。それからもう一度口をつけて、マグカップを傾けた。  チョコのほろ苦さと甘さ、ミルクのコクが口の中に広がって満たされる。こくん、と喉を通り過ぎると、暖かさがじんわりと身体中に広がった。暖かさと甘さに、ほっと息をつくとラム酒の香りが微かに鼻を抜けていく。  一口、二口、と続けていく内に、ぎしぎしと軋んでいた心と体がゆっくりとほぐれていくようだった。    気づけば、ホットチョコが冷めてしまう前に、マグカップは空になっていた。    ぽかぽか、ふわふわとして、あたたかい。  心地よさに身を委ねそうになったところで、ライが希望のマグカップを受け取る。テーブルにマグカップを置くと、希望を抱き抱えるようにして立たせた。  希望はされるがままに立って、歩き出す。    それから、希望はずっとぽかぽか、ふわふわだった。    お風呂に連れて行かれて、もこもこの泡で、しゃわしゃわと優しく洗われる。  すっきりしたところでたっぷりのお湯に浸かって、ぬくぬく、ふにゃふにゃとなりながら、大きく逞しい身体に寄りかかる。  お風呂から上がって、濡れた髪を、もふもふのやわらかいタオルで丁寧に拭いてもらう。  冷めないうちにパジャマを着せられて、甘さの残る口内はしゃかしゃかと磨かれる。    ふと気づけば暖かくてやわらかい布団に包まれていた。  すぐそばには愛しい人の体温を感じて、頭をゆっくり撫でられる。  大きな掌に、撫でられる度に瞼は重くなり、心地よさにのまれていく。    暖かくて、やわらかい。  なんてしあわせなのだろう、と希望は嬉しかった。    ゆったりとした幸福の中で、希望はふにゃり、と微笑んだ。     「ライさん、やさしい……♡」             『いやお前、さすがにチョロすぎだろ』と、思わず口に出してしまったライの言葉は、微睡み、眠りに落ちていく希望の耳に届くことはなかった。

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